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一周回って不親切な感じのする、歯科の「わかりやすい」表現の話。

突然ですが、「仮歯」をご存知でしょうか。
アレです、いろいろな事情で歯の大部分がなくなってしまった場合に、一時的に着けてそれっぽく使う、レジンなどの簡単な材料でできた「仮の歯」のことです。
 
この記事は、
「『仮歯』って表現、なんだかわかりにくくないですか?」
という意見です。言いたいことはほぼこれだけなので、
「別に。分かるし、気になりませんが」
と感じられる方は、このへんで読むのをやめてもらったほうがいいかもしれないです。
 
「仮歯」と書いて「カリバ」と読む。
私はこの言葉、というか表現に、どうにも違和感をおぼえるんです。
どうもしっくり来ないのよね~などと思いながらも、実は長年、歯科で働いてきました。歯科衛生士です。
 
私の「仮歯」との出会いは16歳の時でした。
たまたま歯科医院でバイトをすることになり、ただの高校生だった私がいきなり歯科助手として臨床デビューすることになりました。そこへ突如として現れたのが「仮歯」です。
 
「根の治療が終わって土台ができたので、仮歯をつくります」
 
当時のバイト先の先生はとても説明の上手な方で、ド素人の私がはたで聞いていても、患者さんのお口の中がどうなっているのか、大体は想像がつきました。
でも、そんな先生の話に前置きもなく登場したこの「カリバ」という単語は、それだけは、私は理解できませんでした。
狩り場? いや違うっぽい。なんですかそれは。
 
「仮歯」が必要になる状況はさまざまですが、多いのは、むし歯治療の後半で、本番の被せものを作るまでのつなぎに使うパターンだと思います。さっきの場面がまさにそうです。
ただ、説明を受けていた患者さんが「仮歯」という通称を知っていたかどうかはわかりません。
わたしが変だと思うのは、ここなんです。
 
「仮歯」だよ、わかるでしょ?
みたいな空気を、ちょっとですけど、感じませんか?
 
「本番の被せものを作るまでの間に使う仮の歯のことです」という注釈がかならずセットなら、納得いきますけど……。経験上、省かれていることが多い気がします。
これは、歯科サイドにとっては当たり前のことすぎて、説明を忘れている説もありますが。
 
患者さんとしては、過去に一度でも経験したことがあれば、そりゃわかるとは思うのですが。
初体験で、注釈なしだとしたら、「カリバ」の話の流れをすぐに理解できる人って、あまりいないんじゃないかなと思うんです。
少なくとも、「カリバ=ああ、仮+歯か!」と、考える時間が必要です。
 
当然ながら「仮歯」にはちゃんと本名というか、歯科業界内での呼び名があって、TEK(テック)とか、テンポラリークラウンとか、暫間被覆冠とかいいます。
患者さんが説明を受ける中で入れ歯との混同が起こってしまうとまずいので、固有名詞が必要なのは大前提としても、もうこの際こっちの、本名のほうを使ってしまえばいいんじゃないかと思ったりもします。
だってどうせ注釈がないと意味不明なんだもの。
「根の治療が終わって土台ができたので、次はテックとよばれる、本番の被せものを作るまでの仮の歯をつくります」
あくまで個人的にですが、バイトに入ったばかりのあの頃の私には、こちらの説明のほうがわかりやすかったかなと思います。
あと今の時代は、正式名称で検索しやすいほうがいいんじゃないかなー、とか。
 
そう、「仮歯」は口語なんです。つまり、これまで歯医者さんたちが「説明の時に患者さんがわかりやすいように」とある種伝承的に使ってきた非公式の通称が定着したものです。だからパソコンで「カリバ」と入れても変換に出てこないことも多い(スマホでは出てくるかも)(ちなみに私のPCでは出てこなかったので、この記事を書くために単語登録しました)し、「仮歯とは」でググると上位に出てくるgoo辞書では「かし/人工の歯。入れ歯。義歯。」と、広義の、本来の言葉の説明が載っています。
 
全然わかりやすくないじゃん。何さ、カリバって。
と、16歳の私は思っていました。今もちょっと、思っています。
 
とはいえ、「仮歯」は広く浸透している言葉ですし、歯科サイドがみなまで言わずとも、この表現で状況を理解してくれた患者さんたちがいますし、今後も説明時の言い回しとしては圧倒的なシェア(?)を誇っていくと思います。
ただ、運よく言葉の意味が通じる方が多いのにあぐらをかいて「一時的なもの」「歯の本来の用途を十分に満たす材料ではできていないもの」といった説明を省いてはいけないんですよね、本来は。※重々、自戒を込めてのつぶやきです。
 
それから、これも自戒ですが、歯科臨床では往々にして、「親切心からの取り組みのようだが、受け手にしたら意味がわからん」「伝えたつもりが伝わっていない」ということが、仮歯問題のみならず、ちょいちょい勃発しているような気がします。
何とはいわないけれど。
これは、医院で働いていて心底感じることです。
歯科衛生士の私は、患者さんの病気を治すことはほとんどできないからこそ、せめてそういったことにはアンテナを張っていきたいなぁと、常々思っています。
 
伝えたつもりで伝わっていないのって悲しい。
それが健康に関することとなれば、なおさらそんなすれ違いはつらいですもんね、お互いに。

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