「〜として」生きることから距離を置く
女として。教師として。親として。
私たちは、よく自分自身の立場や、環境によって、「〜として」の振る舞いが求められることがある。その中で、私たちは世間が思う空気のような「〜として」の規範に従うように、行動選択やふるまいを変えていく。
しかし、「〜として」という規範は、どこで生まれ、どうして私たちは、その規範に縛られているように感じてしまうのか?
私は疑問で仕方がない。
そんなことを考えている私も「女性として」「元教師として」というフレームワークに固執してしまうことがある