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橘の眼に嘘はなかった。 島民にとっては厳しい決断になる。 水曜日の午後は休診で非番な…
入院は大仰に過ぎた。 元来が海の男である。 しかし私は神門さんに入院を勧めて、更に当…
ごぼり、と泡が海中に溢れている。 驚愕の余り、息を詰まらせかけた。 ゆらり、と目前を…
海流に逆らわず流される。 神門さんと下打合せの通りだ。 2人で海底の段層面を注視して…
船尾側に腰掛けて、背面から入った。 冷たい水流がウエットスーツのなかに潜り込んでくる…
水面から清浄な光が降っている。 透明な蒼色に天使が舞っている。 水底に巨大な魚体の下…
その朝も波頭を蹴立てて小舟はいった。 亜瀬から手前を根城として潜っていた。 その海女は伊勢からの出稼ぎで、その頃は珍しくもない。それに記録写真に残る往時の漁獲量は驚くほどだ。鮑漁で建った御殿は珍しくもない。 県道も舗装されてないのに、子供の通学路を案じて舗装された私道がいくつもあったくらいだ。 その海女はまだ30代半ば、子供をふたり育てていて、学費を貯金するつもりで島に来ていたという。 島の漁場にはそれぞれに縄張りがある。余所者には容易に教えてくれるものでもない。
その指先が海図のうえを動いた。 止まった先に亜瀬という文字があった。 「そこは?」 「…
診療所まで意識は保ったらしい。 そこまでの記憶は曖昧の彼方だ。 そしてストレッチャー…
濁流が逆巻いていた。 私はそのなかで揉みくちゃになって、小石の混じる波打ち際に叩き付…
東風が風雨を打ちつけている。 波濤が暴れて白く砕け、その波飛沫がここまで飛んでくる。 …
大粒の雨が降り始めた。 海流のせいだとは思う。 島の天候は移ろいやすい。その夕暮れ時…
五月雨は夜半に訪れる。 曇天が島を覆っている。 吹き渡る海風がしっぽりと重くなり、風…
あれは古風な形状の十字架だった。 四辺に扇状の柱が伸びている。大航海時代のガレオン船の帆に描かれているような十字架を模したロザリオだった。 その柱に瑠璃が、象嵌で散りばめてある。 柱の交差した中央の石は見事にカットされ、深海の蒼の煌めきがあった。 「身の証か、危険な代物を代々受け継いだものだな」 「そうさ、空気が悪くなったと言ったな。俺もこの話が何処まで真実かは判らない。が、歴史資料として淡々と説明するな」 学芸員は厚い唇を引き結び、四角い顎に右親指を添えて思案顔を