コーヒー繋がり


暇だから他の部署の手伝いをした。

暇、というのは精神疾患を患っているぼくのことを慮って(だと思う)ぼくに重い仕事があてがわれていないからそういうのであって、何もすることが無い、という訳ではない。

手伝った仕事は元々のぼくの業務からはそんなに遠いことではなく、だからといって教えてもらわなくてもできる、というような簡単なものでもない。片手、あるいは両手の掌にのる大きさのものを手元で確認しながらパソコンの画面に表示されたエクセルに入力していく。その部署の責任者に要領を教えてもらって、もう一度同じことを違う品物でぼくが実際にやってみるということをしていた。彼の方はぼくより少し年下で、でも中途で入社したぼくよりは当たり前に先輩で、仮にUさん、とすると、ぼくは彼からブルーさん(仮)と、お互いをさん付けで呼ぶ。

はっきりと彼が何歳下かは覚えてられないけど、これまた仮に5歳下だとして、ぼくの入社当時に35分の5だったものが今は55分の5になるわけで、もう同い年に近い、少し大げさだが、年齢が増えるというのはそういうことでもある。

今、現状の社内関係にあっては、同じ部署の人間よりもある意味では気安く話せる相手でもある。

その2つ目の作業内容を彼の目の前でパソコンに打ち込んでいると、不意にUさんが、「そういえばブルーさんってBくんがコーヒー屋さんを開いたって知ってます?」と聞いてきた。

え?知らない、とキーボードを押しながら答える。世間話になるとぼくの方からはタメ口になる。

エンターキーを押してから、彼の方を向いて、それ本当?と改めて確かめる。

そうです、F市の◯◯町で、と立ち上がり、自分のデスクの引き出しからフライヤーを一枚持ってきてぼくの目の前に置いてくれた。

Bくん、というのは、ぼくの入社の2ヶ月後に来た学卒の子で、もう何年も前に辞めた。入社時期が近く、仕事も近かったから割りとよく話もしたし、あまり押しの強いほうでもなかったから会話をしていて気楽な相手でもあった。社内に勤める女性と結婚し、ぼくが第二工場に異動したあとに、退職した。名目上は家庭の事情にしていたが、会社に対して不満も抱えていたようではある。そのあたりについては詳しく聞いていないが。

その後に妻さんの実家のある隣県のF市に引っ越し、なんとかという会社に転職した、というのは他の人から又聞きでぼくの耳にも入ってきていた。

時々思い出すことはあっても彼の退職後には会ったことはない。Uさんや他の何人かのBくんと仲のよかったひと達とは細くはない繋がりを保っていたようだ。

豆売りのそのコーヒー店を開いたというのはわりと最近、といってもここ2、3年のことのようだ。UさんはBくんがその店をちゃんと続けられるかが心配で、最初月イチくらいのペースで通っていたらしいのが、今はそれなりに固定客もついてきたらしく、そこまで足繁くはないそうだ。

Uさんが目の前に置いてくれたフライヤーに目を通してみると、なんだか会いたくなってきた。

知り合ったのが20年以上も前だから、もう40代半ばに差し掛かっているのか、と感慨のようなものが胸から込み上げてくる。試しにグーグルマップで検索してみると、クチコミで、『感じのいいオーナーさんで』などと好評のようである。そうだ、会社にいる時にはきつい先輩が彼の陰口を言っていたのを覚えている。でもBくんなら美味しいコーヒーを焙煎してくれそうだし淹れてくれそうだ。当時はコーヒーが好きだなんて会話もしたことはなかった。テイクアウトもあるみたいだから、またドライブがてら行ってみよう。

ぼくのことを覚えていてくれてるかな。そんな期待も胸にして。


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