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『Firewatch』中年の森林火災監視員がジュブナイル(少年期)の情景を見る

Firewatch(ファイアー・ウォッチ)はアメリカ・ワイオミング州の自然保護区が舞台の、1人称視点ミステリーアドベンチャー。

https://store-jp.nintendo.com/list/software/70010000007928.html

数年前の事、Firewatchというゲームを紹介ついでに「小説だよ、あれは」とだけ知り合いが説明した。
「ビジュアルノベルなのか?」と聞き返すと「いや小説だ」と念を押すように返した。

どういうことだ?小説は小説だし、ビジュアルノベルはビジュアルノベルだろう。
ゲームのジャンルに”小説”が追加されたとでも言うのか?
深堀りして興が削がれるのもアレだ。
そう思い、セールがやっていた頃に買って積んでおいた。積むのは私の癖みたいなところがあるので勘弁頂きたい。
そして思い出したかのように一つ遊んでみる事にした。

以下、ゲームの内容に振れていく。
ネタバレには配慮した内容になるが、気になるなら戻って欲しい。

ゲーム説明

時は1989年、あなたは面倒な生活から逃げ出すように森林火災監視員となった男『ヘンリー』です。山の上の監視塔から火事の元となる煙を見張り、別の監視塔の上司『デリラ』とこの荒野の安全を守るのが仕事です。暑く乾燥した夏は、特に注意が必要ですが、彼女との交信はこの広大な自然の中で唯一、小さなトランシーバーだけ。

監視塔の周りだけでなく森林公園内で起こる奇妙なできごとや手付かずの大自然に直面しながら、トランシーバー越しの”対話の選択”で問題を解決し、彼女との人間関係を構築していけるのでしょうか?

- 選択によって形作られていくナラティブストーリー
大自然の探索とトランシーバー越しの”対話の選択”でストーリーは変化し、展開してきます。自分自身に向き合いながらデリラとの信頼関係を構築し、問題を解決していけるでしょうか?

https://store-jp.nintendo.com/list/software/70010000007928.html

本編導入について

(意訳を含む)
主人公の中年男性ヘンリーの過去語りが始まる。
何故ヘンリーが今置かれている状況……如何にして”面倒な生活”になったのかを説明されるのだ。

大学生の頃ヘンリーは後に妻となる女性と出会い恋に落ちる。順風満帆だった若き日のロマンスを懐古する。やがて燃えるような恋の時代は終わり、二人は犬を飼い、落ち着いた愛を育んで行った。喧嘩もそれなりにしたし、すれ違いがあった時期も乗り越え、次は子供をもうけるかどうかと言う段階で、不運なことに妻が若年性アルツハイマーを患ってしまう。
妻は仕事のキャリアがダメになってしまい意気消沈。病状は悪化し、妻は日常生活もままならなくなっていく。
ヘンリーはなんとか彼女の世話をしようとするも、上手く行かないし、ヘンリー自身も仕事を諦めなければならない部分があった。
ヘンリー夫妻の生活は一変してしまったのだ。
ヘンリーは最終的には妻を施設に入れ、その方がケアが行き届くという判断した。その判断が間違っているとは言えないが、自分で妻の面倒を見なかったという後ろめたさがあったのは間違いない。

ヘンリーは過酷な状況の中でも精一杯彼女を愛していたし、彼女の患った病気の治療が難しい事も承知して施設に入れた。どうするのが良かったか、誰にも分からない。ただ彼女を面倒事のように遠ざけた自分に恥を感じない日は無かった。

周りは「気に病む必要は無い」等フォローしてくれるが、どことなく他人行儀で触れがたいものを触るようである事を察したし、旧友が”まともな日常を送っている様”を見るのもヘンリーにとっては羨ましく寂しい気持ちにさせるのだった。ヘンリーは友人たちとも距離を置き、孤独を選んだ。

妻は施設にいる。ヘンリーは妻に対して何も出来ることはなかった。
アルツハイマーという病は容赦なく妻を蝕み、自分たちの思い出達を忘れていく。
真逆にヘンリーはこの先の途方もない未来について、見せつけられ、嫌でも考えさせられる。

過大なストレスと絶望の中、あるチラシが目に入る。

森林火災監視員(Firewatch)募集中!

ヘンリーはストレスで限界だった。
全てを忘れられる空間に居られる仕事に飛びついたのだ。
問題を全て先延ばしにしたかったのか、それは自分でも分からない。
ただ間違いなくヘンリーは妻の問題や人生の問題を考える時間を減らし、リフレッシュが必要だったのだ。

森林火災監視員は少なくとも都会の煩わしさから一瞬でも自分を引き剥がしてくれるだろう。
仕事はひと夏の間。仕事でありながら自分自身の休息を兼ねている。

意気揚々……という訳にはいかないがヘンリーは支度を済ませ、車を走らせ、車が通れない所になれば歩いて何キロもかかる大自然を歩いた。

シカがいるような大自然

そして、山の上のオンボロ監視塔に到着した。

月下の監視塔
狭い個室のような監視塔内部、到着した時には既に夜中だった

そこにはトランシーバーがあり、到着後上司から連絡が入る手はずだ。
トランシーバーからはデリラという中年女性の上司からの品のない冗談が聞こえる。どうやらデリラは酔っ払っているようだ。

山道を越えてきたヘンリーはもう体力の限界だった。
軽くデリラをあしらい、ため息混じりに監視塔のベッドで眠りについた。

明日から森林火災監視員の仕事が始まる。

ストーリーについて

ここまで読んでもらった時の反応は分かる。
冒頭が重すぎてここから面白い展開になるのか?と、
私もそう思った。
その疑問に答えるため、敢えてこの項目は短くしようと思う。簡潔に言えば『面白い展開になる』。
まさに面白い小説を読んでいる印象に近い。どこで本を閉じていいか分からない、そういう類だ。

そしてミステリーアドベンチャーの名に偽りなし。
本筋のストーリーテリングは興味を引くよう計算されており没入感はピカイチである。

しかし、ゲーム性としては大したことはない。
昨今のアドベンチャーゲームと比較してもアクション性も利便性も無い。この点は以下の項で詳しく解説する。

一つ言えることはこのゲームの面白さは秀逸なストーリーで終わるようなものではない。むしろこのゲームの独自性がストーリーの良さを押し上げてくれると言って良い。

Firewatchの独自性

【感動的な物語】【珠玉のシステム】【圧倒的に洗練されたUI・UX】【究極のラスボス】【全米を騙すほどの伏線】

そのいずれもFirewatch存在しない。

なんだったら凡百のゲームより出来ることは少ない上、UIは不便だし、アクションはあくびが出るほど退屈だし、広大な山マップのファストトラベルもない。

広大なる山をファストトラベルも無しに歩く!?嘘だろ……

なんというか……意図的に不便であるように作られている。
この不便さは実際に山に行った時に、用意不足や小さな段差も脅威になるような現実感とリンクする。

地図は紙の地図に手書きとコンパスを見て方位を確認する必要がある。
アイコンは最低限のものが出現し分かりにくい。

本作の最強ツール【地図とコンパス】である。何度もにらめっこしながら山を散策しよう
これがヘンリーの生命線。【トランシーバー】だ

そして山での会話はトランシーバーで行う。
会話の相手は上司のデリラが主であり、彼女との交流がこのゲームの肝となる。

時代背景もあるのだが、やはり不便なものは不便だ。
通常のゲームであれば遊びにくい不便さは滅茶苦茶に叩いてやるところだが、Firewatchの作り出した雰囲気は不便の方が良いと感じさせるものだった。
不便でなければ辺境の山の監視塔にいる感覚など味わいようもない。
クマにいつ襲われるか分からないような山中で【高度なアクションをして逃げ回る】とか【ファストトラベルで逃げる】とか出来ないほうがリアリティがある。
自然に対して出来ることなど監視する事ぐらいで、無力である人間が山と森を散策する感覚にこそ、このFirewatchの価値がある。

私は昨今の高度に便利化したゲームやUIに触れ、不便を容認する心を失っていたようだ。
スタイリッシュで快適なアクションの真逆でも良い、中年男性の野暮ったい段差の上り下りも味がある。そう思わせてくれるのだ。

さて、独自性といえばタイトル通りFirewatch自体もあまり日本人には馴染みのない職業だろう。
一旦ここでヘンリー(デリラ)の仕事についても補足しておこう。

森林火災監視員は山の各所に小さな監視塔に一人の見張りを立て、火事やアホが森で花火をしないように見張る仕事だ。その他にも熊の出現報告だったり、山に関する危険全般を本部に送り対処してもらうのだ。
山の問題のメッセンジャーだ。二人が直接山の問題を解決するわけではない。
ヘンリーが実働、デリラはその報告に対して指示を出すコンビというわけだ。

海外の乾燥した土地における山火事は脅威そのものであり、乾燥した落ち葉の摩擦によっても火が生じるとの事から森林火災監視員の役割は重要と言える。
ある意味消火活動の最前線に立っているのだ。

ゲームの面白さを担保する女『デリラ』との交流

このゲームのやれることを大別するなら3つある。
「山の散策」「ミステリーへの挑戦」「デリラとの会話」だ。

山の散策は語った通り不便である、不便なだけなら面白くないゲームで終わるだろう。
私はFirewatchが不便であることは没入感のための独自性と位置づけている。
面白さを作り出す要因では決して無い。
ということはこのゲームの面白さを担保するのは「ミステリー」と「デリラ」ということになる。
ミステリーへの挑戦はこの記事ではネタバレになるので1文字も語らない。面白いよとしか言えない。

ということでデリラだ。
デリラについて語らねばFirewatchの面白さを伝えられないというものだ。

デリラはヘンリーと同世代ぐらいの中年女性であり、森林火災監視員としてヘンリーの上司、この道何年のベテランである。
ヘンリーが監視塔にやってくる当日も酒を煽っていたので仕事熱心な訳ではなさそうだ。
気さくで明るく、冗談を言う機会を伺っているようなおちゃめな側面もある。
彼女が物語に推進力を与え、ヘンリーに影響を与えるであろうことは言うまでもない。
かなり厚めのオブラートに包み解説してみよう。

登場人物はヘンリーとデリラの中年コンビであるが、中年とは一先ずは酸いも甘いも噛み分けた年齢である。人生におけるライフスタイルの変化(学業・就業・結婚・死や病気)を経験し、客観的にも理解している頃合いであろう。
経験出来る年齢というだけであり、ヘンリーのように人生における大きな問題を抱える中年は稀かもしれない。
ヘンリーほどの問題は抱えていなくとも、デリラもまたそれを慮るほどには彼女の人生を送っていると予想できる。
……にも関わらずデリラ自身の性格のせいで、ヘンリーの複雑でデリケートな問題にトランシーバーを通して介入してくる。
根掘り葉掘り聞くような事は無いが、問題を抱えた人間にその問題について聞くのである。
これは無遠慮な介入だろうか?
デリラは失礼な行為を働く事に微塵の躊躇もない女だろうか?

否である。
何故ならばデリラはデリラの自身の問題を抱えていて、ヘンリーのように休息を欲する側の人間でもあるにも関わらず、彼の問題に直面するとこを選んだからだ。
そしてヘンリーもまた”理解ある介入”を必要としていた。望んでいる訳ではないのに必要だったもの、とも言うべき物をデリラは提供してみせた。
同じ目線に立ってシビアに考えられるのはやはりそれなりの問題を抱えた事がある上で経験がある者のスキルと言えよう。
デリラは思慮深く、時には気楽かつ能天気にヘンリーの心を中和する。
逆にヘンリーもデリラに何らかの影響を与えるわけであるが、それはプレイヤー次第だ。

そんな二人の本音の会話が夏夜にトランシーバーを介して行われるシーンなどヒューマンドラマを観ている錯覚すら覚えた。(ミステリーアドベンチャーですよね?これ)
ヘンリーとデリラの関係が仕事上の付き合いから友達に変わっていく工程が非常に繊細に描かれている。

デリラの姿はなく、声だけの存在であることも印象に変化をもたらす

中年にもジュブナイル(少年期)が訪れる

スティーブン・キングの不朽の名作に「スタンド・バイ・ミー」がある。
12歳の少年達が線路を辿り森に入り、死体を探す等という内容であるがその小説の中には「12歳の頃のような友達を二度と持つ事はない」というセリフが出てくる。
大人になり、子供の時にやっていたようなクレイジーな行動を共に取って笑ってくれる友達を持つことはない(出来ないというニュアンスも含む)という意味になる。

私はFirewatchをプレイしていくうちにヘンリーとデリラの関係性がスタンド・バイ・ミーのような「12歳の頃のような友達」と重なり、だんだんと「中年になっても12歳の頃と同じような友達を作れる」話になっていくのが快感だった。
私の中では「12歳の頃のような友達」と言えるかどうかはジュブナイル特有の無茶や無意味を笑える感性を曝け出せるかどうかにかかっている。
ヘンリーは野山に入って問題解決していく様は大人の仕事としてこなすが、脇道にそれて亀を川で見つけて連れ帰ったりするのは大人の所業とは言えない。それを笑っているデリラも、ヘンリーも子供じみた無邪気さがあった。
いや、こうした無邪気さは誰しも持っているのかもしれないが社会を生き抜くために体よく隠して過ごしているのだろう。

大人になってみると分かるが、大人になってから友達を作るのは非常に大変である。理由は様々あるが、顔を付け合わせる会話には距離や関係性の構築と社会通念上の常識を求められる。
当然と言えば当然だがクレイジーな友人を作るにはしがらみが多すぎる。
故に無難なコミュニケーションを行い、大人は表面上まともな友達を作る。(内面がまともかどうかは分からない)
それが大人であり社会通念上正しいからだ。

顔を合わせないで友達を作るとなれば、インターネットを緩衝材にしてペルソナを作り交流すれば、クレイジーな友人を作ることは出来るかもしれないが、その人の思想や感性もペルソナの上に存在するものであるため、本音で語り合うような事を出来ているかは定かではない。(実際に会うなどすれば別だが……)
顔を知っている(実体が明らかの意)仲でなければ「12歳の頃のような友達」を作ることは出来ないだろう。

Firewatchはそうした目まぐるしい社会や眼の前の問題によって忘れ去られたジュブナイルを思い出させてくれる作品だった。
大きな問題に直面した時に気分を切り替えるために手にとって欲しい、ヒーリング効果がある一本だ。

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