今に集中する
夏用のスーツを新調した。今までクールビズになったらシャツだけで過ごしていたので、夏用のジャケットというものの必要性は感じたことがなかったのだが、この春はやけに寒い。調べてみたら例年とさほど変わらない気温なので、おそらくわたしの感じ方の変化だろうと思いながら、でもそろそろ1着あってもいいかなと思い、馴染みの洋服店に行った。
その洋服店ではコートやドレススーツなどをたびたび購入しており、担当の店員さんはわたしのサイズも把握してくれている。夏用のジャケットが欲しいと頼んだら、すぐに適当なものを見繕ってくれた。試着してみると、非常に軽くて着心地がいい。合成繊維を使った生地も、モダンで洗練されて見える。嬉しくなってわたしは、セットアップでパンツも試着を決めた。
すぐに担当の店員さんが、バックヤードからパンツを持ってきてくれた。わたしはそれを試着して、でも明らかに股下がきついことに気づいた。とても信頼している、真面目な店員さんだ。彼女がサイズを間違えたのではなく、わたしのサイズが変わったのだと考えた方が自然だった。
思えば今年の春が寒いのも、わたしの体脂肪率が増えて代謝が下がっていることが原因だろう。結局パンツはワンサイズ上げたもので、セットアップで購入した。この夏用ジャケットが暑くて必要なくなるくらい、脂肪を落として代謝をあげたいところである。
ところで高校時代のわたしは、体脂肪率一桁代、腹筋は綺麗にシックスパックに割れ、腕や脹脛の筋肉は体育教師から見惚れられるほどだった。それから十年経ち、その影は見るも無惨になくなったわけだが、それでもわたしは今もなお、自分はその気になれば筋肉なんて簡単につけられるのではないかと思っている節がある。しかし今では10キロ以上体重が増え、努力しなくてはなんともならないことは火を見るより明らかだ。とりあえずジムには通っているが、食事制限は……順番に頑張っていこうと思う。
◇◇◇
わたし達は過去に囚われる。正確には、過去を気にしたり、気にしなかったりする。それも、大体が無意識に、望むとも望まないともかかわらず。
今に集中するのは意外と難しい。目の前の物事をこなしているつもりでも、ふとなにか別のことに気を取られてしまうように、今この瞬間の時間を過ごしているようで、実は頭では過去を生きていることはよくある。
今という貴重な時間に集中せずに、過去に過ぎ去ったことに囚われて意識を持っていかれるのは、もったいないことだと思う。過去を振り返るべきではない、なんてことはない。ただ、今に集中するべき時と、過去を懐かしむべき時は、区別できた方がより良い、有意義で幸福な時間の使い方になるのではないかと思っている。もっと言えば、今に集中して生きた時間は、将来振り返ってみてもかなり精密に思い返すことのできる思い出に変わるだろう。一方で過去に囚われながら過ごした時間は、記憶としては曖昧になる気がする。
これは恋愛を考えるとよくわかる。過去のパートナーとの初デートや、付き合うきっかけとなったデートのことは、本当に正確に思い出せる。どこへ行ったかはもちろん、なにを話し、どんな表情を認め、どんな感情に気づいたか、その一挙手一投足が鮮明に。一方で、別れ際の記憶は曖昧だ。わたしの人生、初デートほど今に集中している行為はない。
わたしは、何事も能力だと思っている。つまり、今に集中するというのも人それぞれ、どれだけできるかが異なる能力である。そして能力である以上それは、トレーニングすれば向上するとも思っている。大切な人と過ごす時間くらいは、その時に集中して生きるようにしたい。
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