短編小説「伝えられなかった好き」
「本当におめでとう」
俺は友人の坂井 明とその彼女である野田 美樹にそう伝えた。
おめでとうというのはこの一時間で三回目である。
酒井とは小学生の頃からの友人でもう二十年以上の付き合いがあった。
そんな坂井から話があるといきなり呼び出され、この居酒屋にやってきた。
坂井は照れ臭そうに隣にいる野田を見つめる。
「ほんと幸せだよ。美樹ちゃんが彼女になってくれるなんてさ」
そう言われた野田は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
俺はビールを飲み干してから微笑む。
「いきなり呼び出されたから何かと思ったら、交際報告だとは。いや、明からずっと聞かされていたんだよ、美樹ちゃんが好きだってね」
「おい、涼太。それは内緒だろ」
赤面しながら坂井は俺にそう言った。
すると野田は嬉しそうに笑顔を見せる。
「そうだったんだ?どうして教えてくれなかったの?」
野田にそう問いかけられた俺はその笑顔に胸の痛みを感じた。
取られたくなかった、なんて言えるわけがない。
俺は笑顔を崩さないように答える。
「内緒って言われてたからね。俺が変に掻き回したくなかったんだよ」
「そうなんだ?でも、涼太が繋げてくれた縁なんだよ。明くんは元々、涼太の友達。私は涼太の同僚だからね」
野田はそう言いながら坂井の肩に触れた。
すると、重石のようなものが心に乗っかり、ズンと沈む。
そんな俺の気持ちも知らないで坂井は話を続けた。
「そうだよなぁ。あの時は涼太が酔っ払って俺に電話をかけてきたんだったな」
「そうそう!私と涼太で仕事終わりに飲んでいた時に涼太ったら酔っ払っちゃって、いきなり明くんに電話をかけたんだったよね。それで明くんが涼太を迎えにきてくれたんだよね」
そう野田が言葉を続けると坂井は大きく頷く。
「その時、初めて美樹ちゃんと会ったんだよね。涼太の電話癖に感謝だよ。酔っ払うとすぐに電話をかけてくるからなぁ涼太」
「あー、そうだったな。いつもすまんな」
俺はなんとかそう返答した。
心の中にあるのは、俺の方が先に出会っていたのに、という思いである。
それからも酒井と野田はその馴れ初めを俺に話した。
坂井から野田に一目惚れをし、連絡先を聞いたという。
好きになったという坂井の思いはすぐに聞いていたが、俺が野田に伝えることはなかった。
二人が付き合うことを恐れていたからである。
しかし二人は付き合ってしまった。
「しかし、本当におめでたいよ」
そんな言葉しか出てこない。
考えれば考えるほど後悔が溢れ出てくる。
もっと早く行動していれば、と自分を責め立ててしまう。
俺の気持ちを知らずに笑顔を見せる坂井に心が揺れる。
友達なんだ、お祝いしなければ。
喜ぶべきなんだ。
俺はそう自分に言い聞かせた。
なんとか笑顔を顔に貼り付けたまま俺は二人との食事を終える。
「じゃあ、また飲みに行こうな」
居酒屋の前で、坂井は俺にそう言う。
俺は精一杯強がり言葉を返した。
「俺よりも、美樹ちゃんとの時間を作れよ」
「言われなくてもそうするよ」
笑いながら坂井はそう答える。
俺は自分の思いを託すようにこう伝えた。
「泣かせたりするなよ?」
「ああ、もちろんだよ」
そう言いながら坂井は野田の肩を抱き寄せる。
俺は頷いて、背を向けた。
「またなー」
背中にぶつかる坂井の声。
振り返らずに俺は右手をあげた。
しかし、既に笑顔は崩れている。
頬を涙が伝った。
俺の恋は終わったのである。
小さな声で俺は思いを言葉にした。
「好きだったよ・・・・・・」
聞こえないように、届かないようにその名前を呼ぶ。
「明」
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