浅田次郎『椿山社長の七日間』と死生観

そろそろ引越し荷物を本気で整理しないと、速攻でネタが尽きるぞと思いつつリハビリ文章なので、連日更新が途切れてもそれはそれでお許しいただきたい。

そういうわけで4冊目は浅田次郎先生です。『プリズンホテル』などが有名ですが、実はまだこの本しか読めていない。

映画化なんぞもされていたようで(私は当時邦画にはあまり興味が惹かれていなかったので、全くご存じなかったのだが)知っている方には有名なのかもしれない。

簡単に言うと、さえない中年おっさんが過労死して、美女になって7日間だけ生きかえる話でございます。

おっさんが美女になります。

おっさんが美女になります。

大事なことなので何度も言いますがおっさんが美女です。

このおっさん、椿山課長は頭の毛が気になって決してイケメンでもなく、でも仕事への意欲と責任感があり、美人の妻とかわいい小学生の息子がいて生活は順風満帆というところで過労死をしてしまいます。

当然のように未練たらたらで、しかも天国に行く前に自分の罪を清算するための講習を受けることになるのですが、何とこの冴えないおっさんに突き付けられた生前の詰みは『邪淫』だったのでした。

もう『邪淫』っていう字面がパワーですが、ただでさえやり残したことが満載なのに『邪淫』の罪状とかそんなん納得いかねーよ!ということで、七日間だけ現世に戻るモラトリアム期間を獲得する、というのが大まかな話の流れ。

何故、美女になるのかというと、生前の知り合いに会った時に本人だと知られるのはNGで、それをやらかすと地獄に直行便になってしまいます。そういうわけで、椿山課長がゲットしたのが若い美女のボディ。生前とかけ離れた外見になるほど、正体がバレづらくなるから、という理由。突拍子もない設定に思えて、きっちり伏線になってるのがやっぱりベテラン作家の上手さですね。

椿山課長、美女になった自分の姿をみて、とりあえずおっぱいをいじる。

いや、うん、気持ちはわかるよ……私も男に生まれて、突然女の身体になったら多分同じことやるよ……。

かくして美女『椿』として7日間の現世戻りを果たした椿山課長は、思わぬ家族の秘密を知ることになります。

ちなみに、7日間の転生をしているのは椿山課長だけではなく、ヤクザと少年も転生しており、この2人の物語も閑話のように挿入されていきます。

それはさておき、結局、椿山課長の『邪淫』の罪については実際にお読みいただきたいのですが「これは100%椿山課長が悪いですね~~」という感じでした。椿山課長が特別に邪悪な意思をもってそうしたわけでもなく、ある意味結果論ではあるのですが「ああ、それは罪に問われるわ……」とある種の納得感を得ました。実際、椿さん(=椿山課長)も自分で「酷い!」って泣いた。お前のことだぞ。

その後、家族(というか主に奥さん)の重大な秘密(主に邪淫的な意味で)に触れてしまったりもするわけですが、そしてそれを知って亡き父を想って怒りに燃える我が子と対峙したりするわけなのですが、結局椿山課長はそれを全て許すのでした。

息子にも「俺を忘れて生きてくれ」と考えるわけですが、これについては微妙に読んだ当時は消化不良なのでした。

色々思うところがあって、この先自分の親をずっと憎むなんて不幸だ、俺のことを引きずらずに生きて欲しい、と思うこと自体はある意味正しくはあるのですが、いかんせんそれを息子に直接伝える手段はないわけです。

それを伝えて父が地獄に落ちる、というのは息子も望んでいないわけで。

まぁ、そういうこともあり、直接的にそう諭すわけでもなく、そこは何となく心を通じた感じにして終わったことに、微妙にモヤっとが残ったんですね。読んだ当時は。

でも今になって思ったら

これ、奥さんも死んだら思い切り『邪淫』の罪に問われるじゃん?

そう考えると、椿山課長のメッセージというのは「息子のお前がどうこうしなくても、お母さんのやらかしはあの世にいった時にたっぷり恥ずかしい想いをして反省させられるからな!」という見方もでき、何かこう微妙なスッキリ感になりました。勝手に。

最後に、いっしょに7日間の現世逆戻りをした二人について、椿山課長のお父さんとの間で色々あったりするのですが、これがかなりの感動シーンでして、涙必至のシーンなので、こちらは未読の方はぜひ実際に読んでいただければと思います。

一緒に現世に戻った2人のことが、最後に伏線として全部回収されて、なるほど……なるほど……。本当に上手い……。

この本の中では、輪廻転生は存在せず、死の後の続きは天国か地獄かの1択です。だから、大半の人は大した罪を追っていないので、自分の罪に対して反省をさせられて、無難に天国にいってそこで永遠に暮らすわけです。

だから、「地獄にいくほど大した罪をしていない」椿山課長は、自分の『邪淫』についても「なんかよくわからないけど反省しました」と言って天国にいけたわけです。

逆に言えば、地獄にいくというのは永遠に終わりがない、救いのこない世界にいくということです。

その死生観の上で、誰が天国にいくべきなのか、罪とはどう受け止めるべきかを考えると、やっぱりラストシーンは泣けてくる。

この物語は、死生観の上で見つめ直す、家族愛の物語なのです。

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