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怖くないホラーと怖い現実

もういいだけ寒くなったのに今更ホラーの話をするんかい、と思ったのだけど、先月体調をえらく崩してから色々思い出したことがあったので、忘れないうちに書いておこうと思う。


札幌で専門学校を卒業して、しばらくの間、同人でとても仲良くなった子がいた。家が割と近かったので、よく遊びにいった。その子のお兄さんがとても気さくでいい人で、話もすごく面白い人だった。

そのお兄さんはとても霊感が強くて、割とホラーなエピソードをよく聞かされた。ただ、そのお兄さんの話す幽霊話が全く怖くなく、むしろ既存の幽霊の概念を大きく崩すものばかりだった。

割と神経質な怖がりであった私も、この人に会ってからまったくホラーの類を怖がらなくなったほどである。

このお兄さんは元ヤンキーで、昔は度々自転車ひとつで家出を繰り返していたそうだ。なんと、思いつきで自転車で青函トンネルを走破したというのだから驚きである。

ちなみに時刻表を暗記して、列車が通る時刻を完全に下調べして、途中危ない時は退避しつつ行ったらしい。そこまで下調べする情熱がある意味すごいわ。

そんな友達のお兄さん、霊感があるゆえに日常的に色々見えていたので、あんまり幽霊を怖がるという概念がなかった。

ので、有名な小樽にある心霊スポットに何となくネタで行ってみると……


お兄さん「起きたら幽霊がいっぱい覗きこんでいてちょっとびっくりした」

私「それ、ちょっとなんです???」

お兄さん「あそこの幽霊、誰が人間を一番ビビらせるかでレースしてたし、普通に宴会してたのであんまり怖くない」

私「幽霊は宴会する……」


幽霊は宴会をします。(新たな概念を獲得)


他にも、突然思い立って自転車で峠を越えに行った時(だから何で自転車で突然峠を越えたくなるんですか?ママチャリですよね?)


お兄さん「気づいたら背中にお姉さんがはりついていて」

私「あ、ちゃんと怖い話でしたか」

お兄さん「生前の愚痴を延々と聞かされた」

私「アッハイ」

お兄さん「峠を降りて、夜が明けたら『普段誰もきづいてくれないから、お話できてうれしかった!またね!』と言って去って行った

私「チョットイイハナシでしたか???」


幽霊さんは語りたい。


他にも全然怖くない怖い話がたくさんあったのだけど、特に印象に残っているのがこのふたつである。全然コワクナイ。

そんな友達のお兄さんですが「落ち武者の霊だけはヤバいのでやめた方がいい」と真顔でいったので、落ち武者はヤバイそうです。テストに出ます。


その後、友達とは色々あって揉めて、色々あって私が気管支ぜんそくにかかるなどし(詳しい事情はさしひかえるが、寒空の下に2時間ほど放置されたのだ……)それがきっかけで友達ともお兄さんとも疎遠になった。

それでも、偶然そのお兄さんと再会した時に本を出して一度はデビューしたことを伝えると、自分のことのように喜んでくれた。気管支ぜんそくのことはめちゃくちゃ謝られた。

本当にお世話になった。彼は間違いなく、私の人生の恩人の一人だ。

だけど、彼はもういない。亡くなってしまった。私と1つしか歳は違わなかった。疎遠になっている間に、亡くなっていた。

あんまり経済状況が良くないのは知っていたけれど、保険料が払えていなくて、病院に行けずに風邪を悪化させて肺炎になったそうだ。

病院に担ぎ込まれた時には手遅れだった。

ホラーなんかよりも、現実の貧困の方がよほど怖い。

私だって、一歩間違えば死んでいたかもしれない場面が多々ある。もし、日本が健康保険を最低限払っていたら、国民誰でも高い水準の医療を受けられる国じゃなかったら、私はもうこの世にいなかったかもしれない。

今の保険料でも、払えなければ人は死ぬんだ。

私は典型的なロスジェネ世代であるし、バイトやら何やらで食いつないでいたので、区役所に健康保険の分割や減額を頭下げて頼んだこともある。

そんなロスジェネサバイバーな私であるけど、健康保険だけは絶対に切らさないようにしている。

貧困は人を殺す。

幽霊よりも現実の方が怖い。


かつての友達についてはもう関わりもないし達者に暮らしているのならそれでいいのだけど、彼女のお兄さんについては私に何かできることはなかったのかなぁ、と思わずにはいられないのだった。

恩返しの機会を永遠に失ったまま、彼の怖くない怖い話を思い出すのである。


幽霊っていっても、ほとんどただの元人間だよ?


元人間の彼は、もしかすると今頃ママチャリで悠々自適の旅でもしているかもしれない。そうだといいなぁ、と生きている私は勝手に思うのだった。




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