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「掌編」願いを叶える子「小説」

 私には分からなかったのです。

「××ちゃん、そっちのやり方より、こっちの方がいいよ」
 私はとても不器用な人間でした。靴紐も結べない子供でした。算数が苦手でした。スキー教室で山を滑ることすら、怖くてたまりませんでした。だけど、皆は優しくて、そんな私にアドバイスをくれたのです。
「そうやったら、危なくなっちゃうから……教えてあげるね」
 私はその行為に常に感謝しました。私は駄目な子だからでしょう。人は一生懸命に私のために教えてくれます。それは一つの愛なのでしょう。それとも……私は全てにおいて間違っている子だったからでしょうか。だから教えてくれる人が常に絶えずいたのでしょうか。なんて優しい世界でしょう。本当に優しい世界です。そうしていくうち、少しずつ私は、自分の考えなんていらないのではと思いました。ゲームで皆は南に向かっているのに、自分は、自分の考えで北に行って、戦闘不能になってしまう。それはゲームをクリアするための方法を間違っただけです。でも、私には、皆に従わなかったせいだとしか思えなかったのです。私は間違ったことばかりを、失敗ばかりをします。そうですね、例えばの話。
 編み物をしていて。失敗してばかりで、まともにマフラーを作れなかったことがありました。それを見かねて、母親が作り方を教えてくれました。だけど私はそれを自力で創り上げたかった。失敗なんてそれほどたいしたことではなかったのです。でもそれは母親からはあまりに進歩のない失敗で、親切で教えてくれました。そしてそれはけして自分ではたどり着けない方法でした。
 ああ、お母さんありがとう。本当にありがとう。私じゃ、とてもそこまでいけなかった……そっか、また、間違えちゃったんだ。私で何か考えたら、ちっとも先に進まないね。そうだね。ごめんね。
 自分で考えることを放棄して、それはとても良くないことだったと思います。でも何をやるにしてもぼんやりしてる私は、やはり人に教えてもらいました。教えてもらえることはとても幸せでした。とても優しい世界でした。皆、愛があったと思います。私を気にかけて、声をかけてくれる、様々な愛が。
 そしてその言葉を受け取り、その言葉に従い、その考えを受け入れて動く。
皆は「成長したね」「がんばったね」と褒めてくれました。その温かい声がいつのころからか、私はうれしくてたまらなくなりました。私が自己を失えば失うほど、皆が正しい道を教えようとしてくれる。私の中が「他人」で満たされていく。中身が「自分」であったときよりも、私に優しい。

 人形遊びはどうして楽しいでしょう。
 それは人形が何も言わず、何もせず、ただ操られて。

 操る人の
「理想」を演じてくれるからです。

 私は生きれば生きるほど、愛されました。
一生懸命に人の声を聞き、少しでも良く生きようとする姿が、愛されたんです。
 幸せでした。本当に幸せで、それと反比例するように私は「どうして生きているか」ということが分からなくなりました。
 自分のことを少し離れたところで見ているような気分でした。そうかと思えばふわふわと歩いてるような。私は不思議でたまりませんでした。
 私は幸せです。だって愛されてるのだから。まるで蜘蛛の糸に絡められて、心が腐っていても。でも誰も分からないでしょう。そんな心を誰も望んでいないので、隠していました。面の皮が厚かったのです。だから「××ちゃんがいると癒やされる」最高の褒め言葉でした。虚無に人の皮を被っていただけなのに、それだけで、人に喜ばれる。ええ……幸せで、幸せで。

 私はビルから飛び降りました。
 空が綺麗で、良い天気だなと思いました。私は足取りが軽くて、現実感がゼロになりました。だから、体が羽のように風に導かれて、ビルの柵を乗り越えたんです。ああ、そういえば何で現実感がゼロになったんでしょう。人が生きる意義、存在意義がないという言葉をインターネットで見かけて、そうしたら……私の命の価値は地面に落ちたんです。存在する意味がないなら、私はいなくなったって、困らない。ただ馬鹿みたいに、死んだだけだ、と。

 だけど私は、死ねなかったんです。意識を覚ました時病院のベッドでした。
家族が泣いていました。私は木に引っかかって、奇跡的に助かったそうです。なんだ、と思いました。なんだ、残念……。残念だ。
 それは久しぶりに感じた自分の心でした。私の心の底からの落胆でした。
 母親が私にすがりながら言いました。
「どうしてこんなことをしたの!」
 悲痛な声でした。本当に悲しくてしょうがないと言った声でした。
 私は上手く答えられませんでした。母親は言いつのります。
「こんなことは、もう止めて。愛してる子に死んで欲しくない! そんなの見たくない」
 そうなのか、やはりと思いました。私はどうやら間違っていたようです。私はやはり何も感じて、考えて、動いてはいけなかったのですね。何よりも……それが、母親の愛だったのでしょう。でも、その愛を私は分かりませんでした。それは私の知らない愛でした。今このときの私は、何かしらで母親の忠告(欲望)に従っていません。何もしていないのです。でも母親は愛があるからこそ、死んで欲しくないと泣きます。分かりません、本当に分かりません。愛されてきた人生なのに、私が大切と泣く母の愛が分からないのです。けれども母親は願っています。私が自分の目の前で亡くならないことを。もしそれを叶えれば、母親は笑うでしょうか。何もかも安心してくれるでしょうか。
「ごめんね」
 私は謝りました。母親の愛が理解できないことを謝罪しました。それからこうも言いました。
「死なないよ、お母さん」
 母親の顔はハッとして、さきほどとは別の意味で涙に暮れました。私は母親の顔を見つめます。私の心はいつも通りになりました。

 そう、私は死にません。
 お母さん、あなたが死ぬまでは。

 あなたの願いを叶えるまでは。

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