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深夜3時、早朝4時

ベッドに入ってから2時間が経っていた。
Twitterを閉じる。
6インチの四角い大広場は深夜にもかかわらず賑わっていた。
2年という長いのか短いのかよくわからない時間もこれだけの多くの人をワクワクさせるには十分すぎたようだ。
いや、大事だったのはこの2年ではなく積み上げてきた3年間なのかもしれない。

明日は早いのだけれど寝付けなかった。
それは来る日が楽しみなのか、それともブルーライトのせいなのか。
おそらく後者なのだが、それではあまりに風情がないではないかと自分の生活を棚にあげることにした。

久しぶりに電気を通すラジカセは動くか不安に思ったが、あの時と同じようにざらついた声で語りかけてきた。
かすれた笑い声が頭を抜ける。
そういえば初めて使った日も同じ不安を抱いた気がする。それからの年月を考えると、こやつは老け顔なのかもしれない。あの時と同じ表情をするのだから安心する。年上に見られがちだった私はシンパシーを感じてしまった。
なんてことはまるでない。
ただ、これから先も毎回同じ不安を抱きながらも話し続けてくれる、そんな気がする。

ここで6年間も寝ていたという事実が嘘のように感じる。

今日は普段の1週間分は話した気がする。
明日は早いのだからと頭の片隅で思ったものの、激動の日々を送った友と久々に会えるのだからそんなものはさっさと捨て去ってしまった。
まぁ激動だったのはその夏希のほうで私はそれを聞いていただけなのだが。

私は平凡な日々を送っていた。

自分にちょうどいいレベルの高校に行き、なんとなくテニス部に入った。そこで同級生の夏希とダブルスを組むことになった。彼女は純粋で明るくて人気者だった。私とは真逆のような性格で、何にでも感動していて、ささいなことでも話してくれる。彼女のテンションはまるで自分に起こったかと錯覚するような熱を持っている。だからこそ彼女は人を巻き込むことができるのだなと距離が離れてみてわかった。良いことも悪いことも純粋に彼女の言葉を受け止められるのは直感的にこの力なのだろうと感じていた。

私はこの話を聞くだけで楽しかった。自分も夏希として生きているような錯覚をしたから。別に自分の生き方が嫌いなわけじゃない。かっこいい先輩から告白されたり、陰湿なイジメにあったわけでも、友達とふざけすぎて廊下に立たされたなんてこともない。「映画みたいな人生が充実の象徴ではない」とどこかの小説の主人公が言っていた気がする。皮肉だとも思ったが私も同意見だ。
気づいた時から寡黙な方だったし、別に勉強するのも怒られるのが嫌だったから平均点は取れるぐらいにした。幸いにも学校には友達と呼べる人は数人できた。人並みに思春期はあったが今は両親が一人暮らしを応援してくれている。決して映画になるほど派手ではないけれど、それが自分なのだ。
私は夏希ではないのだ。

『続いて、ラジオネーム、「ハタチなハマチ」さん。僕はもう大人になったので革靴を履いて丸の内を肩で風を切って歩きたいです。トレンチコートを着て・・・・』

ハマチは出世魚で成長するとブリになるらしい。
もちろんこの知識は今ブルーライトと共に得たものなのだが。
彼はブリになれたのかな。ブリが丸の内を歩いている様子を想像するとおかしみが増してくる。

そうか私はもう大人なのか。学生ではあるがバイトはしてるし、一人暮らしもしている。区役所にも一人で行けた。
けれど大人という実感はまるでなかった。
テレビで子役が成人したときによく「思ったより何も変わらない」と言っていたのはこのことだったのか。
ああいう世界にいる人も案外私たちと変わらないのだなとよくわからない安堵をする。

大人になってやりたいことか。
ブリにはなりたくないな。いや、決してブリを否定しているわけではなく、自分はヒトという種類であってそこから急にブリになるのはちょっと色々困るというかまだ覚悟が出来ていないというか…
誰に釈明しているのだ。

くだらないセリフが脳内を駆け回る中あることに気が付く。

私は今、結局どっちなんだろう。
日本のどこかにいるさっきのラジオリスナーと同じように形式的な大人の境目は通ったように思う。しかし今私は「大人に‘’なったら‘’」と考えていた。
もう大人であるのであればこの言葉は間違いなのではないか。

急に焦りが募る。

自分は何者なのか、どんな未来に向かっていくのか。
明日会う旧友たちはどう描いているのか。それとももう実現しているのか。

夏希はどうなのかな。

自分が日常的に聞き手になることが多くて助かったと考える自分がいた。

私がなりたいもの。いままでなんとなく考えを避けてきたこと。
この短くて長い年月で強く憧れて惹かれたもの。

「夏希…」

意外な単語に驚く。

私は夏希になりたかったのだろうか。
心のどこかに潜んでいた感情が姿を現す。
私と夏希は性格も見てきた世界も違う。そんなことはわかっている。
ただ、夏希の話を聞きながらどこか自分を透写していた事実を自覚する。
話を聞きながらいつの間にか夏希と自分がすり替わっていることに気が付く。その度に恥ずかしいことだと空想の自分を追いやり、目の前の夏希に意識を集中させていた。

私も彼女のように輝きたい。人を惹き込みたい。
何より、彼女が見た世界を私も見てみたい。

私は平凡な日々を送っていた。
だからこそ感じ取れるものがある。
だからこそ何にでもなれる気がする。
私、有原リンという地続きであり別の世界でなら。

携帯のアラームが鳴り、我に返る。

結局寝れなかったな。

「これはまだ夏希には話せないな。」

不思議と笑みがこぼれる。

ざらついた声が冷えた空気を揺らす
「おはようございます。今日は2024年1月8日月曜日、成人の日です。」

(2,319文字)


お読みいただきありがとうございます。
初めて女性が主人公のお話を書いてみました。
けど内容の軸的には性別関係ないものになってしまいましたね笑
本当は夏希とリンの会話がメインの話にしようと思っていたのですが、女子高生の会話が全くと言っていいほど想像できず手につかなくなったので
いつものように一人称視点になってしまいました。
今度こそは会話を…

お読みいただきありがとうございます!

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