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カセットテープと愛すべき物語

ゆりこ(5歳)は幼稚園から帰るとすぐにカバンを自分の部屋に置いて1階のリビングに駆け込んだ。そしてカラフルな箱を開けると6つのカセットテープが入っている。「今日は何にしようかな〜♪」ゆりこは鼻歌のようにつぶやく。「じゃあ、今日はシンデレラ!!」水色の10cm×20cmほどのカセットテープデッキにカセットテープを入れると、ゆりこは絵本を開き始めた。

この物語のテープセットはクリスマスにゆりこがサンタさんにお願いして届いたものだった。それから1ヶ月ゆりこはこのカセットテープのおとぎ話を聴き続けていた。一寸法師、親指姫、シンデレラなど、何度も何度も繰り返し聴いていた。

1月の終わり、少し寒くなってきた頃、ゆり子は赤い雪だるまの絵が編まれている手袋をして幼稚園へ向かった。幼稚園に着くとりえ先生が話始める。「3月のお遊戯会があるのだけど、何かみんなやってみたい劇とかあるかな?希望があれば、言ってみて!」先生は笑顔で呼びかけたが、誰も手を挙げないまま朝の時間は終わった。

ゆり子は家に着くと、いつもより目をきらきらさせながら、テープセットに付いていた絵本を眺める。「どれがいいかな〜。やっぱりお姫様が出てこないとね。皆でやるんだし、白雪姫とかかな。小人も可愛いし〜。」

次の日、幼稚園は昼までで終わりだった。帰り際、教室から皆がいなくなったが1人遠くからゆりこは先生を見ていた。視線に気づいた先生が、ゆり子に話かける。「ゆり子ちゃん、どうしたの?」「あの、3月のお遊戯会。これをやりたいんです」ゆりこは家から持ってきた絵本を見せる。「あら、白雪姫、いいじゃない。じゃあ、明日皆にこれでいいか聞いてみましょう。気をつけて帰ってね。」「はい!!」とゆり子は返事をして、スキップしながらバス乗り場まで向かう。

翌日の朝、先生がお遊戯会の事を皆に話すと誰も反対する人はいなかったので、誰がなんの役をやるかを次の日に決める事になった。ゆり子は、もちろん、一番はじめに決める、白雪姫に手をあげた。他にも、仲良しの、のりこちゃん、ちえちゃん、も手をあげ、じゃあ、お姫様は3人でやりましょうと決まった。役が決まるとセリフの書いた紙をもらい、ゆり子は毎日練習し、同時に家にあるテープでも白雪姫ばかり聴いていた。

2月の終わりになると、実際にやる体育館での練習がはじまった。先生が作ってくれた衣装をきて練習する日、皆はワイワイと興奮していた。ゆりこは、3色あった衣装から、水色のスカートを選んだ。つやつやした光沢のある布で作られたスカートは足首まであり、ふわっと広がっており、裾のの所にピンクのバラが等間隔に着いている。のりこちゃんはピンク、ちえちゃんは黄色のスカートを選んでそれぞれステージに上がってセリフの練習をした。7人の小人はほとんど男の子達だったが、カラフルなパンツを履いた妖精達が並んでセリフを言っている。

お遊戯会当日、ゆりこはいつもよりも早く起きて、朝ごはんを食べた。ゆりこのお母さんに絶対に観に来てね、と伝え家をでる。

体育館は他の学年の子たちもいたので、賑わっていた。皆それぞれの衣装に着替えていて、その高い声が体育館の天井に響き渡る。

ゆりこの学年の発表の出番がきたとき、ゆりこはドキドキしていた。同時に去年の「みにくいアヒルの子」をやった時の事を思い出してはいたが、去年よりも興奮している自分がいた。

「ドテッツ!!」

毒りんごを食べた3人の白雪姫は、床に倒れる。ゆりこは黄色のスカートのちえちゃんと目があい、床に手が付きながら思わず笑ってしまう。

あ〜やりきった。ちゃんと倒れられたから、本当によかった。ゆりこは心底思う。あとは目をつむって、王子を待つだけた。

仰向けになった3人の白雪姫は王子達が顔を近づけ額に手がふれると目を覚ます。最後は、3人の王子様と3人のお姫様がそれぞれ手を繋ぎ、ラストシーンが終わる。

帰りのバスの中、ゆりこは膝に手をあてる。そこにはいくつかの青いあざがある。今日でもう終わりだよ。ゆりこはそっとあざに向かってつぶやく。

#私の小さな物語 #ショートストーリー #エッセイ

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