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灯火と影

短く、簡潔に
恐ろしいほどに克明に
事実だけを淡々と書きおこす
筆を滑らせる(それが山になり
川になる)──墨の掠れを風と呼ぶ
手を止め、また毛筆を湿らせる


重機の地ならし
そのBPMを数えて、やめて
喉の渇きに気付いてはまた酒を飲む
閉めっぱなしのカーテンは遮光性
故に、ここは昼でもあり夜でもある
【シュレディンガーの窓】
なんてしょうもない想像が一瞬
脳裏をよぎったので踏み潰す
災になる手前、小火の段階で絶やせ
雑な論争もハリボテの自己弁護も
旧校舎の角、補習教室の冷えた机の上の傷
消しカスで埋めて、固めて、飽きて、突っ伏して
気がつけば鐘の音
最近は、そんなことばかり思い出す


描写されるのは時間軸の狂い
灰色の街が落とし忘れたガラス玉が作り出す
反転世界の空を踏めば
広がる波紋に耳をすまして
目を閉じ、古傷を引っぺがせば
そこから静かに流れ出る血を指で拭き
舌の上に乗せ、開く目は殺意よりも鋭く
憐れみよりも優雅で、眩しい

高架下、その先の水平線の遠き
遠くの透明度(刹那の、
語り部はいつも影法師)。


言葉を美しく装飾するものが比喩だと言うなら
お前の詩には、ヤニの匂いがこびりついた
執拗なほどのロマンチシズムが鎮座する
一見ぶっきらぼうに見える口調も
誤解されそうな身振り手振りも
著しい誠実さゆえの訛り
濁流のような句点、読点
心地よいほどのセンチメンタル
どさりと倒れた床の冷たさから仰ぐ空
お前の目には何が見える?


季節不明の踊り場で
何かを待ってる女子生徒
その切り揃えられた前髪の
すぐ下にある細い眉の一本一本を
ピンセットで丁寧に抜くように描く
瞼の裏は記憶の箱庭
潰して、壊して、蘇らせる
ひび割れた窓、倒れた教卓
血の付いた黒板と少しだけ見えるスパッツの黒


──途切れた映像、音声
   意識だけそのまま
    (目は、ただ
     目を見てる)。


身体中に汗をかいて起きた
肌に張りついたシャツを脱いで
缶チューハイを持ち、飲むが空
苛立ちよりも不愉快な何かを
洗い流すように蛇口を捻る
勢いよく出る水を両手で掬い
口に含んでは吐き出し、含んでは吐き出し
それを何度が繰り返したのち
顔にぶつけて、激しくこすった
光より闇に満たされた部屋で
蠢くのは俺の影だけだと気づくよりも早く
意識の反対側にいる存在がわかった


厭に冴えた眼と頭はブルーライトに脅かされる
指を動かすたびに生み出される文字は連なり
意味を持つより先に詩の形になる
夢や走馬灯、妄想や値札のあるフィクションの類
デジャヴ、シンクロニシティとかそう言った類
そのどれにも当てはまってなお異なる物質を生み出すだけのみじめな役者は息をする
たばこの煙が天井に届く前になくなるように
お前がこの詩を読み終わる頃には
きっと、この詩は俺の詩ではなくなる

灯火と影、水墨の波濤
回転木馬の多重露光
黙座する。
その詩、その化身


#90日目 #詩 #自由詩 #現代詩 #ポエム #100日詩チャレンジ #note文芸部

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