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『一遍聖絵』を何度でも読んでみる①「聖(ひじり)」

 『一遍聖絵』の国宝指定上の名称は『一遍上人絵伝』です。私はこのことにずっと疑問を感じて、『一遍聖絵』という原題にこだわって研究を続けています。

 私の学問研究のスタートは国語学(大学学部・修士は国語学専攻)なので、どうしても言葉へのこだわりが強いです。

 『一遍辞典』(今井雅晴編、平成元年九月、東京堂出版)によれば、「聖(ひじり)」とは以下のように記されています。

 徳の高い立派な人、あるいは僧。または、教団を離れた民間の僧をいう。
聖人しょうにん上人しょうにんともいう。高野山に属する聖を高野聖こうやひじり、善光寺に属する聖を善光寺聖などといい、聖が集団で所属していた寺も多い。しかし、聖の本拠は必ずしも大寺院ばかりではない。彼らはそれぞれの信仰を広め、また勧進と称して金品の寄付を進めて各地をめぐっていた。中世の末期から近世に入ることになると、「聖」という新しい名称に次第に尊敬の意味が薄れていくようになった。一遍の場合には、「一遍聖」と呼ばれ、明らかに敬称であることがわかる。

 『日本国語大辞典』によれば、第一義として「徳が高く神のような人。知徳がすぐれ、世の模範と仰がれるような人。聖人。」とあり、補注には「ヒシリ(日知)の義〔和字正濫鈔・志不可起・雅言考・十六夜日記残月抄・俚言集覧・和訓栞・国語の語根とその分類=大島正健・日本語原学=林甕臣・大言海・毛坊主考=柳田国男〕。ヒシリ(日識)の義〔紫門和語類集〕。」と、その語源も示されています。

 こちらも含めて十個の意味が載っていますが、その用例をざっと見渡しただけでも中世における用例は幅広く、あらためて問い直すべき言葉であるというのを感じています。

 過去から現代に至るまで、作品のタイトルとは、その作品全体を貫くおおいなるテーマであるのですから、そこを外してはならないですね(自戒をこめて)。

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