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いい人過ぎるのも考えもの

こんばんは創です。
しばらく忙しい日々を送っておりネタには困らなかったのですが、書いている暇もありませんでした。
今日も仕事は休みだったのですが、午前中電話対応できる人がなく、転送電話の対応をしていたり夜間呼び出され休日出勤してきました。
その夜間出勤した理由というのが、部下からのラインで「担当者が救急車搬送され、救急隊員に乗ってくださいと言われ今病院にいます。タクシーで帰れば良いですか?」というもの。
最初に思ったのが「なんで救急車乗っていった!?」ですが、次に「タクシー代は委託費用から出せないだろうなあ」と思いました。
ちょうど家族で行った外食から帰ってきたタイミングだったので、すぐ迎えに行くと返し一旦職場に行って公用車で迎えに行きました。
ついてラインでそのことを知らせると「Drからの説明を聞かなければならないような雰囲気になっていて、待っていなくてならないかもしれない」「家族は遠方に住んでいて、来るのが大変だと思い、代わりに聞いておくと話した」と部下から返信がありました。
「治療は病院で行うし、その説明を◯◯さんが聞いても、例えば手術を行うかの判断はできないでしょう?家族が遠方で大変だから・・・というのも、もし万一このまま亡くなってしまったとしたら来なくてもいいと言われたことがトラブルになるかもしれない。今すぐ来れないにしても後は家族に任せておけば十分ですよ」と言ったところ帰ることになりました。
帰りの車中でその利用者さんがこれぐらい大丈夫だから家族には連絡するなといっていたこと。無理を通して家族に連絡すると本人との関係性が崩れるかもしれないことなど話がありました。

例え関係性が崩れるようなことになったとしても、我々は専門職なので苦しんでいる人がいれば救急車を呼ぶし、本人が嫌がっても家族には連絡する。本人の意向を尊重するというのは、まともな判断ができなくなっている人の言うことを聞くことではないと話しました。
担当のDrも利用者のこういった性格を理解しており「交通事故に合えば周りの人達は本人の意向に関係なく救急車を呼ぶ。この方も同じように対応する他ないのではないか」と言っていたそうです。

本人の意向、希望は必ずしも本人が言っていることと同じではない場合があります。
本人や家族に言われたことを実現しようとすることのみ注力すると目標に到達できないことはあります。支援者は俯瞰で物を見れるようでないとならない。そう思います。

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