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対数眼鏡のすすめ(2)(2013)

第2章 計算尺のすすめ
 対数を縁遠く感じてしまうのは具体的な用途が思い浮かばないせいもあるでしょう。日本の学校教育では、詰込の時代から、対数が実用的な理由から考案されたことを教えていません。16世紀に小数が生まれたすぐ後に対数が誕生します。1614年に、スコットランドのジョン・ネイピアが対数を発見し、1617年、イギリスのヘンリー・ブリッグスが常用対数表を作成しています。対数は近代資本主義が育ちつつあったブリテン島で形成されているのです。

 対数を必要とした理由の一つに複利計算があります。日本は違いますが、西洋では利子と言えば、複利が標準です。

 年利5%の複利預金を10年間預けたら、元金の何倍になるかを概算してみましょう。まず次のことを確認しておきます。

 1.05=105/100.  log1.05=log105-log100
 105=3×5×7.  log105=log3+log5+log7

 ここから次の式が導き出せます。

 10log1.05=10(0.485+0.7+0.85-2)=0.25

 しかし、0.25はlog2=0.3より小さい値です。元金が倍にならないことはわかりますが、これではあまりにもアバウトです。そこで、次のような変換をします。

 0.25=1-0.75

 log6=0.775ですから、0.75の近似として使います。すると、次の式が得られます。

 0.25=log10-log6=log10/6

 これにより10年預金すると、元金の10/6倍、すなわち1.6倍強になることがわかります。計算回数が増えると、それだけ誤差が蓄積されますから、正確な値からずれてしまいます。ただ、何度も言うように、大まかな値はすぐにわかります。1.05の10乗の計算は後からじっくりすればいいのです。

 近代社会で働いたり、暮らしたりするには利子の計算が不可欠です。ところが、利子は指数的変化をします。すでに述べたように、指数を見やすくするのが対数です。対数は近代資本主義が必要とした発想なのです。

 この計算過程から平方根や立方根も概算できることがわかります。ためしに2の平方根を求めてみましょう。2の平方根は2の1/2乗です。

 1/2log2=0.3/2=0.15
 0.15=1-0.85=log10-log7=log10/7

 2の平方根は10/7、すなわちおよそ1.4になります。平方根の値を暗記している人もいますが、こうして導き出す方が数学をわかっていると言えるでしょう。

 今では対数は実際の課題にも応用されています。林俊彦同志社大学大学院教授は、『2050年の日本へ向けて』(2011)の中で、対数を用いて、世界各国の一人当たり実質GDPに対する人口の弾力性を算出しています。この人口弾力性は、ドイツやイギリスに比べて、日本が最も高くなっています。人口が1%増加すれば、一人当たりGDPは1.8%上昇するのです。けれども、減少に転じれば、逆の事態に見舞われる負のシナリオも予想されるのです。

 乗除を加減に変換できるのであれば、それを応用した計算ツールも開発できます。それが計算尺です。計算尺は対数の原理に基づいています。1620年にイギリスのエドマンド・ガンターが対数尺を発明、1632年になって、ウィリアム・オートレッドが計算尺を開発しています。四則演算であればそろばんで十分対応できますが、こみいった技術系の計算になると、計算尺がよく利用されています。対数という近代に入って必須とされた発想に立脚しているのですから、この新たな時代が求める計算に適しているのです。

 近年、そろばんは見直されて、日本国内のみならず、海外でも学習人口が増えています。しかし、計算尺を手にしたことさえない人も多いでしょう。計算するだけなら、そろばんだろうが、計算尺だろうが、早くて便利な方がいいものです。そろばんは集中力の向上など副次的効果が期待できるとして再評価されています。けれども、数学の発想を学ぶ点では、そろばんよりも計算尺の方が有効なのです。

 計算尺は乗除や対数や指数、平方根、立方根、三角関数も扱えます。ただし、通常のタイプでは加減は対応していません。なぜこんなことができるのかと言うと、対数の原理に基づいているからです。特定の用途に特化すると精度が非常に高くなり、今でも多くがつくられています。ただ、汎用型で現在入手しやすいのは円形計算尺コンサイスです。計算尺としてイメージされる棒形は手に入れるのが難しい状況です。なお、計算尺推進委員会のホームページでは棒形計算尺を自作するツールが用意されていますから、それで確かめることができます。

 正直、円盤型の方が仕組みを説明しやすいので、それで概観を述べましょう。円盤を用意します。時計回りに1回転すると、10倍、すなわち1桁大きくなり、反時計回りに1回転すれば、10分の1、すなわち1桁小さくなるとします。円周を1として、1から9までの目盛りを円盤に刻みます。その際、先に挙げた桁数、すなわち対数目盛で記します。これで乗除が加減として扱うことができます。等間隔の目盛りにすると、加減はできますが、乗除が取り扱えません。計算尺が加減をできないのはそのためです。

 3×7を考えてみましょう。3は円盤を0.475回転、7は0.85回転させることです。3と7の掛け算はそれらを足すことです。0.475+0.85=1.325となり、円盤は1.325回転します。これは1.325=1+0.325と変換できます。0.325はlog2=0.3よりちょっと大きい値ですから、それと近似させます。すると、次のような式が得られます。

 1.325=log10+log2=log20

 3×7は20よりちょっと大きい数だとわかります。この程度の計算でこれくらいの精度しかないと腹を立ててはいけません。あくまでも原理を説明しているだけですから、実際の計算尺はもっと精緻です。

 計算尺が一般的に使われていた頃は、対数目盛に触れることもありましたから、対数がもっと身近です。関数電卓の普及と共に衰退していったように、計算器として計算尺が求められることはもはやありません。けれども、数学の発想を理解するには、計算尺は適しています。電卓と違い、過程が見えますから、確認しながら学べるのです。計算尺を用いたり、それをつくったりすることは数学の学習に有効です。

 今の日本では対数が社会の暗黙知になっているとは言えません。けれども、指数的変化が指数的に増えれば、それだけ対数的認識が必要になります。膨大な量を把握するには、率を使うのが賢明です。対数眼鏡をかけないと、とても見えません。現代社会は、その登場の頃よりも、対数の重要性が増しています。対数を知らずして数字を語ることなかれなのです。
〈了〉
参照文献
森毅、『魔術から数学へ』、講談社学術文庫、1991年
森毅、『数学的思考』、講談社学術文庫、1991年
森毅、『21世紀の歩き方』、青土社、2002年
林俊彦、「2050年の日本へ向けて」、『社会科のめざすもの』5号、日本文教出版、2011年
計算尺推進委員会
http://www.pi-sliderule.net/

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