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銀輪エクソダス(8)(2022)

8 二度なりの栗
 チコちゃんは知っています。人生楽あれば苦があるものです。チコちゃんも、こう見えても、苦労をしています。
 チコちゃんは母ちゃんの実家に小学校入学まで預けられています。双子の妹が生まれたからです。姉ちゃんは小学生、兄ちゃんはおむつがとれています。チコちゃんの家は核家族です。父ちゃんは仕事で家にいませんから、母ちゃんだけで乳幼児を三人も育てるのは大変です。そこでチコちゃんが母ちゃんの実家に預けられることになったというわけです。
 実は、姉ちゃんの前に女の子が一人いたのですけれど、ちょうど笑うようになった頃に亡くなっています。母ちゃんは亡きがらを背負って帰る時、こんなに小さいのになんて重いんだろうと感じたそうです。昭和14年まで、生後1年以内に10人に1人が亡くなっているのです。
 母ちゃんの実家は彦部村(ひこべむら)にあります。面積は16.33平方kmで、『岩手県町村合併誌』によると、1954年11月時点の人口は3,000人程度です。ちなみに、 渋谷区の面積が15.1平方1kmで、2018年10月時点の人口は231,700人です。
 1889年4月1日 の町村制施行に伴い、旧彦部村に大巻村や星山村、犬吠森村の一部が合併して新制の彦部村が誕生します。1955年1月1日に彦部村は日詰町や赤石村、赤沢村、佐比内村、志和村、長岡村、古館村、水分村と合併し、紫波町になっています。ただし、平成の大合併の影響は受けず、現在も紫波町の一部です。宮沢賢治の『風の又三郎』の舞台の辺りと言った方が想像しやすいでしょう。
 平成の大合併に先立って、近代日本において自治体の大規模合併が2度行われています。それは「明治の大合併」と「昭和の大合併」と呼ばれています。総務省はそれぞれの目的や規模などを解説しています。
 1888年(明治21年)の時点で、日本には71,314の町村が存在しています。当時の人口は4,000万~3,500万人ですから、平均して500人規模の町村があったことになります。人間が名前を覚えられる能力からすると、ほぼ全員が顔見汁の共同体です。 近世において合理的規模と言えます。
 「教育、徴税、土木、救済、戸籍の事務処理」などの行政上の目的から市制町村制が施行されます。約300~500戸を標準規模として全国的に町村合併が行われ、1889年の市町村数は15,859と約5分の1に減ります。これが明治の大合併です。
 目的の中で特に重要なのは教育です。明治政府は義務教育制度を浸透させたいけれども、それには学校の設置が不可欠です。公立の小学校はほとんどが市町村立です。小学校を維持・運営するために必要な児童数や教員数からこの自治体規模が求められています。
 次の昭和の大合併は戦後に実施されます。「教新制中学校の設置管理、市町村消防や自治体警察の創設の事務、社会福祉、保健衛生関係の新しい事務」が市町村の仕事とされた変更に対応するために行われます。1953年(昭和28年)の村合併促進法が「街村はおおむね、8000人以上の住民を有するのを標準」としています。次いで、56年の新市町村建設促進法はり「町村数を約3分の1に減少することを目途」としています。この間、市町村数は3,985となり、ほぼ3分の1に減ります。
 昭和の大合併でも教育制度の変更が影響を及ぼしています。戦後、義務教育が6・3制へと延長されます。公立の中学校はほとんどが市町村立です。約8,000人は、新制中学校1校を効率的に設置・管理していくために必要と考えられた人口です。
 過去2度の大合併において見逃してはならないのが教育制度の変更が目的とされている点です。しかし、平成の大合併にはこうした明確な目的に乏しく、紫波町のように、応じない自治体もあるのです。

 むがすあったずもな~。彦部の里さ、炭焼きの親子が住んでらったど。二人はもう一つ奥の山、機織館山(はたおりだてやま)さ炭焼きの窯こしぇで、そこの小屋っこで一年のほとんど炭焼きすて暮らすてっらたど。
 さみすー暮らしだったど。一日終わると、せがれはおっとうの斧研ぐごどにしてらったど。秋さなれば、月もさえで余計さみすぐなるども、そったなごどすてるど、気がまぎれだったど。
 ある晩げ時、山の暮らすで一番おっかねごどが起きたど。マムスでもね。クマでもね。おっとうが病気さなってすまったど。てーへんだ。こったな山奥では病気が一番おっかねおんだ。
 彦部の里さも薬も医者もね。んだども、人はいおんだる。
 朝さなっても、おっとうの具合はよぐなんねがったど。なんじょしても助けで思ったども、せがれはおっとうのごとを背中さ背負って里さ行ぐごどはできねがたど。
 なんじょすてもおっとうのこど助けで思ったど。せがれは、里さ伝わる御前淵(ごぜんぶち)さある「薬の木」のごど思い出したど。どったな病気でも治すず話だすもな。せがれは淵さ行ぐごどにすたど。
 んだども、淵はおっかねどこだがら、行ぐもんでねって言われでらったど。淵さ行った人はこれまで誰も戻って来ねがったずおな。大水や山崩れどが何が悪(わり)いごと起ごる時、その前(め)さなるど、淵の方からドーンドン、ドーンドンと大(おっ)きな音がすたど。神様が魔物が何が住んでらおんだ。薬の木採りさ来た者食い殺すているおんだ。んだがら、淵さ薬の木とりさ行った町の薬屋で帰って来たのは誰もいねがったずもな。絶対(ぜって)淵さ近寄ってはなんねど言われでらったど。
 御前淵は山のまた奥さあったずもな。せがれは、話さ聞いだ川縁さ沿って水源まで登ってたど。
 ようやぐ着いた御前淵さは、木が一本生えでらったど。まんずおだやがなどごで、せがれはてーしたこどねえなど思っただど。薬の木の一枝を煎じで飲めば、どったな病気でもたちどころに治るず話ずもな。せがれは斧で枝を切んべどすたども、まんず硬えくて、とっても切れねがったど。せがれが斧で枝切るごと頑張ってらっけ、突然、淵から眩すぃー光が出てきたど。すたらな、せがれはその光さ包まれだがど思ったら、淵さ引きごまれですまったど。
 気づいだっけ、水の中さ入(へ)ったど思ってらったども、そごは水の中でねぐ、不思議などごだったど。せがれは、おら、極楽さ来てすまったんねえがど、調べるべど思って歩いでらっけ、おっきな太鼓が出て来で、その先の滝の脇さ見だごどもねくれきれーな姉様が座ってらったど。
 姉様は「そごの童っこ、この斧はお前のだが?」とせがれさ聞いだど。せがれは「んだす。そづはおらの斧でがんす」と答えだど。すたら、姉様は「なすて、お前は御前ぶちさ来たおんだ?なすておらの大事な薬の木さ斧入れだおんだ?」ど聞いできたど。
 せがれは正直にしゃべったど「おっとうが腹の病で死にそうだで、一枝もらいでえど思ったのす」。すたら、姉様は「わね!淵はおらの庭なおんだ。入ってわがね!そこの木はおらのだ。お前さやらいね!」どごしゃいだど。
 せがれはなんじょすてもおっとうのごど助けでがら「んだども、他に薬はねえがら…」と言っただ。すたっけ、根様は「すったなごど言ったって、淵さ入ってはわがね!」どごしゃぐごどごしゃくごど。恐る恐るせがれは「入ったごどはもさげがすた。んだども、一枝だげでも…」ど頼んだづども、姉様はやっぱりごしぇだど。「わがね!あれはおらのための薬だ。お前だのものでね!お前dがなんじょすだっでやらいね!」
 せがれはこのまま帰るわげにはいがねおな。せがれもとうとう「んだど、おすったら、っとうが死んですむ!」どおっきな声出しだど。すたら、姉様、少す黙って考えでらったど。
 突然、姉様の手のひらがら2羽の小鳥が現われだど。鳥は飛んで、せがれの手のひらさ栗2粒落どすたど。姉様は言ったど。
 「その栗の実は大すた薬になるおんだ。金儲けのためさ来た者さはやらねども、お前さはやる。一つは粉さすて、父っつぁまさ飲ませろ。もう一つは、里の人のためさなるがら、土さ植えろ」。
 せがれは、それを聞いて、「なんとももさげねごどですた」ど頭さげだど。姉様は「もは帰(け)れ。そごさまっすぐ行げばいいおんだ」と言ったど。
 せがれは、帰るべど思って、歩き出すども、姉様さ聞いだど。「もさげねども、お前様は誰なのすか?」
 姉様は言ったど。
 「おらはお前だの里をずっと見守ってらおんだ。里さ何が悪いごど起ごる時さなれば、そごの太鼓(てえご)で鳴らすて伝えてらおんだ。さ、早く行げ」。
すて、姉様は光って消えですまったど。
 せがれは、姉様がら言われだ通り歩ぎ始めだど。よったらよったらど歩いていたっけ、いづのが間にだが、いっつも歩いでら山道になってらったど。
 家さ帰ったときは、もは夜だったど。
 せがれは、姉様がら言われだ通り、栗の実一粒を砕いで、湯さ溶いで、おっとうさ飲ませでみだど。すたっけ、なんじょすたごどが。晩げのうぢに、おっとうの腹具合はよぐなったど。
 せがれは、おっとうさ、御前淵であったごど話すたど。おっとうはよぐ生きで帰って来たもんだどまんずたまげだど。
 山での炭焼きが一通り終わって、二人は家さ戻ったど。せがれは、姉様がら言われだ通り、残った栗の実を家の庭さ植えだど。
 すたら、なんじょすたごどか。桃栗三年ど言われるども、芽を出すtがど思えば、みるみるうぢにおがって、枝も伸びで、冬の寒さにも負げねで、一年もすたら、空を覆うばがりの大木になったど。
 その栗の木は一年に二度実をなったど。その栗の実は医者も薬もねえ里の人を病気がら守ってくれだど。彦部の人はこの栗の木を「二度なりの栗」と呼んでたいせつにしたど。
 御前淵の方で太鼓のドーンドン、ドーンドンって音がするど、何が悪いごど起ごる前触れだど里の者は気つけるようになったど。んだがら、里さ災難起ごらねぐなったがら、みんな幸せに暮らすたど。
 どんど晴れ。
(『二度なりの栗』)

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