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昔ばなしと社会的メッセージ(6)(2018)

第11章 昔ばなしの中の病と法
 これまで断片的に触れるだけでしたが、昔ばなしの社会的メッセージについて病と法を例に検討してみましょう。
 
 昔ばなしにおける病は、その扱い方によって、急激に病状が悪化する感染症とそれ以外に分けられます。前者では患者は助かりませんが、後者は改善します。
 
 インフルエンザや肺炎、百日咳といった感染症の患者に奇跡は起きません。それを扱う昔ばなしでは、残された人がその死をいかに受け入れていくかが描かれます。その際に、心の支えになるのが仏教です。
 
 好例が栃木県の『お花地蔵』です。両親を亡くしたお花という少女がお春ばあさんと二人で暮らしています。男の子とチャンバラをするほど活発な女の子でしたが、冬に百日咳により急死します。おばあさんは嘆き悲しみ、食事もろくにとらず、一日中、仏壇の前を離れません。しかし、ある日、お花が無事に両親の元に行けるようにと彼女の地蔵を彫り始めるのです。小さな石の地蔵は春に完成、「お花地蔵」と呼ばれるようになります。お花の好きだった炒り米をこの地蔵にお供えすると、子どもの百日咳がよくなると言われているのです。
 
 一方、喘息を始めとする慢性疾患や変形性膝関節症など老化に伴う身体疾患、転換症状は主に宗教を含む超自然的な力により治ります。前者二つの疾病は症状の悪化が緩やかですので、治ったと思わせることができます。実際に治癒していなくても、本人がそう感じていればよいのです。また、プラセボ効果もあります。信じることによって疾病が改善することはあり得ます。岐阜県の『ずいたん地蔵』が一例です。
 
 転換症状は、生理的機能に問題がないのに、心理的要因によって身体機能が変調を来たすことです。失立失歩の他、目が見得なくなったり、耳が聞こえなくなったりするなどさまざまな症状があります。昔ばなしで祟りによって元気だった娘が突然寝たきりになることはこれでしょう。この転換症状は治癒します。視力を回復したり、歩けるようになったりする奇跡は心理療法による転換症状の治癒と推測できます。岩手県の『ききみみ頭巾』や徳島県の『仙人のおしえ』、岡山県の『立岩狐』などに転換症状からの回復が認められます。
 
 ただし、治癒に関しては、仏教以外の超自然的力が作用する昔ばなしが少なくありません。例として挙げた三つもそうです。
 
 こうした病の扱い方から当時の民衆は仏教に癒しの役割を期待していたことがわかります。僧侶がカウンセラーや心理療法家の役目を果たすことはあったでしょう。しかし、病を治すのはあくまで医学であり、宗教は人を癒すものです。民衆は宗教をケアとして医学と別の役割を期待しています。昔ばなしにおける病はこういった社会的メッセージを持っているのです。
 
 実は、この認識は日本の仏教に限りません。山浦玄嗣医学博士は、イエスによる病をめぐる奇跡の際、ギリシャ語原典の福音書が「イアオマイ(治癒させる)」ではなく、主に「テラペウオー(治療する)」を使っていると指摘しています。治療しても、治癒するとは限りません。ここから、治ったかどうかではなく、イエスがしもべとして患者に寄り添い、精神的なケアを与えたことが読み取れます。また、私市正年上智大学教授は、『スーフィーと聖者と教団』において、モロッコの聖者伝説には、ハンセン病の治療の逸話があるものの、ペストはないと述べています。急激に悪化するペストに比べて、ハンセン病は進行がゆっくりですので、聖者が患者に治ったと思わせることができたからでしょう。少なくとも世界宗教に関して民衆は癒しの役割を期待していたと考えられます。
 
 次に法について考察しましょう。川内社長がお気に入りとして挙げる『あとかくしの雪』から進めます。これは1976年9月4日に放映されています。旅人は最初に庄屋に食事を乞うのですが、断られています。貧しいおばあさんは彼を助けるために、その庄屋の畑から大根を盗みます。この地域は3年前の噴火により火山灰が地面を覆い、足跡が残るのです。庄屋はそれを証拠に犯人を代官所に訴えようとします。ところが、それを突然降った雪が消してしまうのです。
 
 雪が足跡を消して苦しんでいる人が救われる話は他にもあります。福島県に伝わる『はじめて降った雪』がそうです。
 
 これに限らず、法を利用して困っている人を助けなかったり、搾取したりする金持ちや権力者が自然や仏教の力により懲らしめられたり、諭されたりする昔ばなしが少なからずあります。福島県の『宝の川』が一例です。こうしたお話には前近代における法についての考えが反映しています。
 
 近代において法は人が意図的に作るものです。それに対し、前近代では法は神や仏などから与えられたもの、あるいは歴史的に蓄積された習慣です。近代は議会という立法の場で法が制定されます。ところが、抽象的・一般的な方を具体的・個別的な事例に適用する解釈が前近代の立法です。イスラムがそれをよく示しています。この宗教には聖職者がいません。その代わりに、聖典『コーラン』や預言者ムハンマドの言行録『ハディース』を解釈する法学者がいます。
 
 宗教の法は人為的ではありません。ですから、宗教の法は実定法を相対化します。実定法を根拠に、すなわち法に従っていれば、あるいは法に記されていなければ、何をしてもいいことにはなりません。それを超える宗教上の法がその行いを判断するからです。これは自然法思想として西洋に蓄積があります。
 
 雪が足跡を隠す昔ばなしには実定法に対する自然法の優越性が認められます。窃盗は刑法上の犯罪です。しかし、自然法は別の判断を下します。事情を考慮するなら、責められるべきは旅人を助けるために大根を盗んだおばあさんではなく、彼に冷たい仕打ちをした庄屋になるのです。実定法に反していなければ何をしてもよいわけではありません。また、良心に従った行動であれば、法を超えて認められることがあります。そんな社会的メッセージがあるのです。この物語は日本的と言うよりも、前近代の世界的に広く見られる発想に基づいています。
 
 このように吟味してみると、昔ばなしを語り継いできた民衆の考えがわかります。抽象的な規範がお話を通じて具体的に示されます。過去の民衆の集合知識を知る方法として昔ばなしの考察は非常に効果的です。昔ばなしの社会的メッセージは時代を超えた現代人にも説得力があります。昔ばなしが今も魅力的である一因でしょう。
 
第12章 どんど晴れ
 昔ばなしが謎を解いてくれることもあります。
 
 1966年2月12日に生まれた佐藤清文は祖母から「山の神様の子」と呼ばれています。岩手県紫波郡彦部村(現紫波町)の祖母の実家に行った時にも、その家族から同じように言われています。彼にはその意味が分かりません。ところが、1977年4月9日放映の『まんが日本昔ばなし』の「磐司と桐の花」を見た際に、その謎が解けます。
 
 それは岩手県に伝わるお話で、磐司というマタギが主人公です。主な舞台は北上山地の早池峰山です。その一部を紹介しましょう。春が近づくある日、磐司が山に入ろうとすると、産気づいた女性が苦しみながら水が欲しいと懇願します。マタギの掟では、身を清めてから山に入り、妊娠中の女性は穢れているから避けなければなりません。けれども、彼はその縁起を無視して彼女に近寄り、その後、水を汲みに谷川に行きます。戻ってくると、女性が12人の赤ん坊を出産しています。彼女は彼の水をおいしそうに飲みます。
 
 実は、女性は早池峰の山の神です。女神は助けてくれたお礼に山の幸を磐司に与えると言います。教えられた通り、山に入って、彼が自分の名前を二度叫ぶと、獲物が思うがままに捕れ、マタギとして成長していきます。その際、12人の赤ん坊にちなんで、毎月12日を山の神の祭日として山に入らないようにしているのです。
 
 この昔ばなしを踏まえて、祖母は2月12日生まれの彼を「山の神様の子」と呼んでいたわけです。猟師に限らず、獣がいる山に入る際、妊娠中や出産直後の女性と接触することを避ける習わしは全国各地に見られます。高知県の『峠の山犬』にも言及があります。穢れではなく、血の匂いを獣にかぎつけられないためです。磐司はその掟を無視して苦しんでいる妊婦を助けます。昔ばなしは猟師を必ずしも肯定的に扱っていません。生活のためとは言え、殺生を行うからです。ところが、磐司は殺生の仕事の決まり事を破って、苦しんでいる女性を助けようとし、その際、新たな命が生まれています。殺生よりも生命を優先したからこそ、女神は彼に山の幸を与えるのです。
 
 昔ばなしは今もこのように絆を通じて世代間で語り継がれているのです。どんど晴れ。
〈了〉
参照文献
浅川達人他、『現代都市とコミュニティ』、放送大学教育振興会、2010年
内堀基光、『「ひと学」への招待』、放送大学教育振興会、2012年
笠原潔、『西洋音楽の諸問題』、放送大学教育振興会、2005年
高坂健次、『幸福の社会理論』、放送大学教育振興会、2003年
五味文彦他、『日本古代中世史』、放送大学教育振興会、2011年
佐藤康宏、『改訂版日本美術史』、放送大学教育振興会、2014年
辻本雅史、『教育の社会文化史』、放送大学教育振興会、2004年
杉森哲也、『日本の近世』、放送大学教育振興会、2007年
三浦徹、『イスラーム世界の歴史的展開』、放送大学教育振興会、2011年
宮本又郎、『日本経済史』、放送大学教育振興会、2012年
武良布枝、『ゲゲゲの女房』、実業之日本社文庫、2011年
山浦玄嗣、『ケセン語訳新約聖書〔1〕マタイによる福音書』、イー・ピックス出版、2002年
同、『ガリラヤのイェシュー』、イー・ピックス出版、2011年
川内彩友美、「アニメ昔話 親から孫へ 『まんが日本昔ばなし』誕生から40年、各地訪ね題材集める」、『日本経済新聞』、2015年6月5日
滝沢卓、「民話のともしび守る 『まんが日本昔ばなし』40年」、『朝日新聞夕刊』、2015年10月3日
青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/
総務省
http://www.soumu.go.jp/
まんが日本昔ばなし~データベース~
http://nihon.syoukoukai.com/modules/stories/index.php
MSDマニュアル家庭版
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/%e3%83%9b%e3%83%bc%e3%83%a0

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