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パンデミックの記憶の風化(2)(2024)

2 スペインかぜの記憶 
 新型コロナウイルス感染症のパンデミックによりスペインかぜの世界的流行にも関心が寄せられる。20世紀最大のパンデミックはどのような影響と変化を社会にもたらしたのかを知るために、各方面で映像・活字媒体の発掘・公開が進む。

 コロナ禍以前よりスペインかぜに感染した著名人はすでに知られている。パリ講和会議中にウッドロー・ウィルソン米大統領が発症、その後の国際政治の行方に影響を及ぼしたとされる。また、芥川龍之介は苦しい症状について「胸中の凩《こがらし》咳となりにけり」という句を詠んでいる。さらに、ギョーム・アポリネール、エゴン・シーレ、クリムト、島村抱月等が亡くなっている。流行から10年以上後に、スペインかぜはインフルエンザウイルスによる感染症と判明する。

 しかし、スペインかぜが世界的に大流行し、著名人も感染したことは知られていても、その具体的様子に関する情報が周知していたとは言い難い。メディアは、コロナ禍と比較するため、それを発掘する。

 NHKは、 2022年4月25日、『映像の世紀バタフライエフェクト 「スペインかぜ 恐怖の連鎖」』を再放送している。公共放送局はサイト上で番組内容を次のように紹介している。

カタリン・カリコなおのノーベル賞受賞を受け再放送。百年前、米カンザス州で広まったスペインかぜは、第一次世界大戦へ向かう兵士たちと共にヨーロッパへ渡り4千万の命を奪った。講和会議の最中に米大統領ウイルソンが感染したことで、ヒトラーが台頭する一因にもなった。一方、ウィルスと闘った米ペンシルベニア大学は感染症研究の中心地となり、ハンガリーから来たカタリンとの出会いを経て、コロナワクチン開発へとつながる。

 映像は当時の社会の混乱ぶりを伝えている。米衛生局は握手の代わりに敬礼を挨拶として奨励したり、親がわが子の首にショウノウをぶら下げて他人が近づいてこないようにさせたりしている。その光景の多くはコロナ禍でも目にしたもので、100年前と同じことを繰り返している。

 番組はアメリカにおけるマスク騒動の映像も紹介している。マスクの予防効果が社会的に認知されたものの、需要に生産が追いつかず、品不足に陥る。マスク価格が高騰、貧困層は入手が難しい。そのため、急遽、赤十字の看護師もマスクを作り、市民に廉価で配っている。マスク着用は当時のアメリカでニューノーマルである。マスクをしないことは、戦時公債バッチを持っていないことと同じと見なされる可能性さえある。

 コロナ禍でもマスクが世界的に問題になっている。需要に対して供給が不足、人々の間どころか、国家間でもマスクの奪い合いが起きている。ただ、アメリカにおいてマスク着用が党派性に還元される。リベラル層はマスクを受け入れたのに対し、新型コロナウイルスについての陰謀論が拡散、それを信じる保守層は拒否している。また、リベラル層が強く、予防策に積極的な市や州と保守層の地盤で予防に消極的な自治体の間でも感染の広がりに差が出ている。

 スペインかぜの時、アメリカ市民はマスク着用に熱心である。他方、日本ではそれが芳しくない。林幹益記者は『朝日新聞DIGITAL』2020年4月26日 16時00分配信「『マスクかけぬ命知らず!』動揺、100年前の日本でも」において、スペインかぜをめぐる日本政府による感染予防の啓発活動について紹介している。彼は、当時の朝日新聞紙面や内務省資料を調べ、感染防止の対策や社会の動揺をまとめている。

 政府は感染予防を呼びかけるポスターを作成している。大衆文化が花開く1920年代以前で、マスメディアが未発達の時代において、最も広報効果を持った媒体がポスターである。「汽車電車人の中ではマスクせよ 外出の後はウガヒ忘るな」や「テバナシにセキをされては堪らない ハヤリカゼはこんな事からうつる!」、「恐るべし ハヤリカゼのバイキン! マスクをかけぬ命知らず!」、「病人は成るべく別の部屋に!」など少なからずあり、恐怖をあおる文句が目立つ。しかも、視覚効果を狙い、「テバナシ」はせきをする母の飛沫が子に飛ぶ様子、「命知らず」は車内で口を開けて寝入る男性の姿をそれぞれ描いている。

 当時の日本社会でマスク着用があまり普及していなかったことを証言するのが菊池寛の『マスク』である。これは、1920年7月、雑誌『改造』に発表され、スペインかぜの感染予防に躍起になった菊池寛自身の日々を振り返る短編小説である。

 菊池寛は当時まだ30歳だったが、心臓が弱かったため、スペインかぜにかかって40度ほどの熱が続けば「もう助かりつこはありませんね」と医師から告げられる。怯えきった彼は、その冬、極力外出せず、家族にも控えさせる。菊池寛は予防策としてうがいを徹底し、やむを得ず外出する時には、「ガーゼを沢山詰めたマスクを掛け」て用心している。しかし、巷の人々の多くはマスク着用や外出の自粛を躊躇しがちである。そのため、彼は、せきをする来客があると、「心持が暗く」なる。菊池寛は、こうした風潮に対して、「病気を恐れないで、伝染の危険を冒すなどということは、それ野蛮人の勇気だよ。病気を恐れて、伝染の危険を絶対に避けるという方が、文明人としての勇気だよ」と批判する。そう思う彼は、感染者が大幅に減っても、マスクを着け続ける。

 文藝春秋はこの作品を収録した文庫『マスク スペインかぜをめぐる小説集』を2020年12月に刊行している。新型コロナウイルス感染症がもたらした最も可視的な変化は「マスクのある風景」である。この小説はそうした今と相通じるものがあると同社は「100年前の新型インフルエンザから生まれた物語」と題して次のように紹介している。

スペイン風邪が猛威をふるった100年前。作家の菊池寛は恰幅が良くて丈夫に見えるが、実は人一倍体が弱かった。そこでうがいやマスクで感染予防を徹底。その様子はコロナ禍の現在となんら変わらない。スペイン風邪流行下の実体験をもとに描かれた短編「マスク」ほか8篇、心のひだを丹念に描き出す傑作小説集。

 スペイン風邪の時のマスク着用に関する意識は、日米の間で今回のパンデミックと逆である。コロナ禍におけるマスクをめぐる文化論的意見は恣意的なものだとわかるだろう。

 ただ、『マスク』はコロナ禍によって再発見された小説である。スペインかぜを扱った文学作品は少ない。その中で最も知られていたのが志賀直哉の『流行感冒』である。しかし、2021年にNHKがドラマ化して話題になったものの、これが今回のパンデミックによって読み直される現象はさほど起きていない。周知されていたのに、再読されないことには理由がある。

 「流行感冒」は「流行感冒と石」の題名で『白樺』1919年4月に掲載された短篇小説である。石《いし》という女中を中心にインフルエンザ流行の渦中を描いている。スペインかぜが日本での流行を見せ始めるのが1918年4月頃で、11月に最初のピークを迎える。同作品はこの時期の志賀の体験を元にしている。

 舞台は千葉の安孫子である。志賀は柳宗悦に誘われ、1915年より同地に居住している。当時の志賀は父と不仲で、1916年、長女慧子が病で夭折している。次女留女子《るめこ》が1917年7月に誕生、志賀は8月に父と和解する。志賀の私小説は続き物のリアリティショーなので、この予備知識がないと、『流行感冒』もピンとこない部分が少なくない。

 「最初の児が死んだので、私達には妙に臆病が浸込んだ」と小説は始まる。そのため、「私」は病気を過剰に恐れるようになっている。なお、次女は「左枝子」として登場する。「流行性の感冒が我孫子の町にもはやって来た。私はそれをどうかして自家に入れないようにしたいと考えた。その前、町の医者が、近く催される小学校の運動会に左枝子を連れて来る事を妻に勧めていた。しかしその頃は感冒がはやり出していたから、私は運動会へは誰もやらぬ事にした」。

 「毎年十月中旬」恒例の町の芝居興行を女中たちは楽しみにしていたが、「私」は「今年だけは特別に禁じて、その代り感冒でもなくなったら東京の芝居を見せてやろう」と指示する。しかし、その日、石はどこかに外出、帰宅後、「芝居には参りません」と答えている。「私」は芝居見物に行ったに違いないと思い、石を子に近づけないよう妻に言いつける。だが、子を抱く石をみて、「私」は激高、それでも収まりがつかず、妻にも当たり散らす。

 しばらくして、石の噓が発覚、「私」は暇を出すと決めるが、妻にとりなされてそれを撤回する。数週間後「流行感冒も大分下火になった」頃、「私」が感染する。そこから妻やもう一人の女中、看護師、左枝子にも感染していく。石だけが発症せず、普段は働き者と言えないが、看病や家事を献身的にこなす。それから「私」の彼女への見方が変わる。

 不要不急の外出や三密を避けることなど作品には今回のパンデミックと共通する予防策が認められる。にもかかわらず、この小説にはコロナ禍の体験者にとって共感の入り口が見つからない。それは『マスク』が社会と個人の齟齬であるのに対し、『流行感冒』は家庭内の軋轢にとどまっているからだ。

 パンデミックは社会に広くかつ複雑な影響を及ぼす。個人はそれに振り回され、場合によっては正常な現実検討能力を失った認知行動に至る。コロナ禍でも、自粛警察という独善主義者が闊歩したり、他県ナンバーの自動車に嫌がらせをしたりするなどが起きている。マスクをめぐる菊池寛と周囲との認識の違いは社会の雰囲気を反映している。

 他方、『流行感冒』における家庭内の不和と和解は主人公のパーソナリティに帰着する。主人公は感染症流行によって認知行動が歪んでいるわけではない。妻が「お父様のは何かお云い出だしになると執拗いんですもの、自家の者ならそれでいいかも知れないけど……」と言っているように、彼はもともと思いこむとしつこい質である。主人公は予防として芝居見物を禁じていたのに、家政婦は出かけ、しかもそれを隠していたことに腹を立てる。ところが、自分が発病、家庭内感染も起きる。だが、家政婦だけは発病せず、患者を看護したことで、主人公は彼女への認知を改める。以上の通り、この小説には社会と個人の間の摩擦が描かれていない。近代に入ってからも日本では伝染病が何度も流行しているが、この小説にはスペインかぜ特有の社会的現象にも言及していない。一例をあげると、マスクは1910年代に個人防具として世界的に普及し、日本政府もスペインかぜの際に使用を啓もうするが、必ずしも国民の間に浸透していない。『流行感冒』を読んでも、こうした当時の事情はよくわからない。放送局としては今と通じると考えたとしても、これでは今のパンデミック体験者が共感するはずもない。

 コロナ禍の中でもそれを取り扱った小説が発表されている。しかし、話題になったとしても、それが後に読み直されるかどうかはいかに社会的であるかに関わっている。『マスク』と『流行感冒』がその可能性を示唆している。

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