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消費者としてだけでなく(2010)

消費者としてだけでなく
Saven Satow
Apr. 13, 2010

「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」。
『日本国憲法』第12条

 初めて日本に進出してきた外国企業が戸惑うのは、消費者の目の厳しさである。本国で成功した商品であっても、日本の消費者にかかれば、たちどころに問題点が指摘され、敬遠される。場合によっては、商品本体ではなく、パッケージのデザイン性・機能性が不満の理由となる。

 しかし、日本の消費者は嫁いびりの好きな小姑ではない。企業に改善点を提案してくれる。それに応えられた商品は、日本のみならず、世界市場も席巻できる。日本の消費者は優れた添削者である。個人主義的に自らの必要や幸福を追求することで、神の見えざる手に導かれるように、高水準の技術革新を促進させる。

 ところが、オンライン・サービスとなると、日本発は苦戦を強いられる。日本市場は世界から隔絶された趣さえある。消費者意識だけではオンライン・サービスの成長を促せない。

 朝日新聞記者の湯地正裕は、2010年3月4日付の署名記事『悩むウィキペディア 少ない管理人 芸能系ばかり人気』において、ウィキペディアを例に日本のネット利用者の特徴について次のように述べている。

 より信頼性の高い百科事典を目指すが、日本語版特有の悩みも抱えている。ウィキメディア財団によると、日本語版の全閲覧数のうち8割が、アニメやテレビ番組、芸能人など「ポップカルチャー」(大衆文化)のページに集中している。英語版で大衆文化は4割、フランス語で2割足らず。政治や地理などのページの人気が高い他言語に比べて際だっている。
 実際に、昨年12月の人気ページは、(1)「ワンピース(マンガ)」(2)「嵐(ジャニーズ)」(3)「JIN―仁―(テレビドラマ番組)」――。人気の話題では、ネットの掲示板「2ちゃんねる」の傾向に似ている。東大の木村忠正准教授(情報社会論)は「利用者の多くが社会の事柄よりも、メディア上の話題に関心を持っている。日本で特有なネット利用のあり方がウィキペディアのサイトにも反映している結果だろう」と指摘する。

 また、日本語版では利用者登録をせず、「匿名」で投稿する人の多さも特徴だ。英語版やスペイン語版では3割だが日本語版は5割近く。英語版では実名を明らかにした投稿も多い。山本さん(引用者註産業カウンセラー山本匡紀)は「匿名だと過去の投稿履歴をたどることもできない。記述に対する責任の意識が低い」と指摘する。ウィキペディアは登録した上での投稿を推奨している。

 こうした利用傾向が低俗であり、憂うべき状態だというわけではない。問うべきなのは、むしろ、この偏向が主に消費者意識だけでネットを利用しているために起きているのではないという点である。

 インターネットの強みは情報の発信・収集・共有である。消費者意識は個人主義的であるため、共有を拡充させにくい。協同意識が不可欠である。けれども、日本のユーザーは共有を消費に組み入れて認識している。アプリなど消費者がユーザーに徹することができるソフトウェアは著しく進展しているものの、ウィキペディアやツイッター、セカンドライフのようなサービスを生み出せない。

 迷惑メールが不愉快なのは、送信側が己の欲得だけで一方的に情報を送りつけ、受信者と共有する気がないからである。

 新しいオンライン・サービスの考案は、何を共有したいかを探ることによって生まれる。ネットでどんなことしてみたいかという消費者意識を調査したところで、共有が抜け落ち、不十分な結果しか出ないだろう。成功しているオンライン・サービスには、実際、共有への意志が強く働いている。さらに、それらは共有性をポータブル化している。

 グーテンベルクの活版印刷が知識のポータブル化をもたらしたとすれば、この共有性のポータブル化というヴィジョンがオンライン・サービスの推進力である。此れを欠いたオンライン・サービスの論議は、表面的で、建設的ではない。
〈了〉
参照文献
湯地正裕、「悩むウィキペディア 少ない管理人 芸能系ばかり人気」、『asahi.com』、2010年3月4日配信
http://www.asahi.com/national/update/0303/TKY201003030157.html


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