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天皇・三島由紀夫・卓越主義(1)(2022)

天皇・三島由紀夫・卓越主義
Saven Satow
Jan. 07, 2022

「天皇ということを口にすることも汚らわしかったような人が、この2時間半のシンポジウムの間に、あれだけ大勢の人間がたとえ悪口にしろ、天皇なんて言ったはずがない」。
三島由紀夫

第1章 『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』
 三島由紀夫没後50年に当たる2020年、豊島圭介監督による映画『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』が公開される。これは、1969年5月13日に東京大学駒場キャンパス900番教室で行われた三島由紀夫と東大全共闘の討論会をめぐるドキュメンタリーである。TBS緑山スタジオで新たに発見されたフィルムの復元映像を元に、当時の関係者の証言の他、文学者やジャーナリストの見解を加えた作品で、上映時間は108分だ。

 この討論会はその当時においてすでに話題で、一か月後の6月には新潮社より模様を収めた『討論三島由紀夫VS東大全共闘〈美と共同体と東大闘争〉』が刊行、広く読まれている。伝説の討論会としばしば見なされ、中でも、三島が約1000人の全共闘に、「天皇」と言ってさえくれれば連帯できると呼びかけたものの、彼らから断られたことがよく知られている。

 『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』の発言は出版されているテキストとは、意味の変更はないものの、異なっている部分も少なからず見出せる。また、文字史料からうかがい知ることのできない当時の雰囲気を伝えている。だからこそ、「圧倒的な熱量を、体感」の宣伝コピーが使われているのだろう。そのため、引用に際しては、書き言葉のような精緻さは欠けるけれども、映画からの文字起こしの方がふさわしいように思われる。

 もっとも、熱気はあるものの、議論のための議論が多く、三島由紀夫の考えを知るためには示唆を与えるが、内容にはあまり発展性がない。また、会場に女性の姿はあまり認められない。さらに、安田講堂事件の後でもあり、おそらく全共闘以外の学生の参加も少なくなかったと思われる。

芥正彦 だからあなたが使った使い方としてはわかるけれどもね、そう使うことによって、なんら物事ははっきりせんだろうという、あなたがデマゴーゴスになってしまう点のおいてですね。
三島由紀夫 なるほど、なるほど。
例えばこの机というものは、これはつまらん何か汚いデスクだが、これは東大の中で一定の先生が一定の講義をやるためにここにおいてあるんです。ところが諸君はこれの用途を変更することができる、バリケードにしてしまう。この机は夢にも思わなかったことですが、バリケードにされてしまう、そうすると机の用途の変更ですが、これは机の生産の元々の用途目的とは関係がない、それは戦闘目的に使われるんですね、そして、ものが生産関係から切り離されて、戦闘目的に使われて、そういうものによって、諸君は初めてものに目覚めるという時代に生きてる、それはなぜか、諸君自体の存在も、生産関係から切り離されてるからじゃないですか、そして、それによって諸君は生産関係の根本に、労働対象としての自然に到達しようとするんじゃないですか。その動きが諸君がやってる暴力の本源的衝動じゃないですか。

 そもそも学生運動は多層的諸運動のクラスターである。多種多様なので、いわゆる「東大全共闘」や「東大闘争」にそれを代表させることはいささか乱暴である。そうした留保を確かめた上で、この討論会の意義を検討すべきだ。

 公開討論会の中で最も重要なトピックの一つが「天皇」である。三島と全共闘との最大のすれ違いもこの点だ。

 三島は、討論の終わり近くにおいて、学生たちに次のように述べている。

「これはあなた方に論理的に負けたということを意味しない。つまり諸君が天皇を天皇だと、ひと言言ってくれれば、俺は喜んで諸君と手をつなぐのに、言ってくれないから、いつまで経っても殺す殺すと言っているだけのことさ。それだけさ」。

 これは討論会を通じて最も有名な発言である。前半では主導権を握っていたこともあって、彼はおそらく学生たちを説得できると考えていただろう。しかし、両者が「天皇」をめぐって意見の一致を見るはずもない。

 この討論会における三島の発言は、彼の思想的立場が卓越主義であることを物語っている。それを理解すると、なぜ彼は天皇主義者なのか、なぜ戦後民主主義を否定するのか、なぜテロリズムを始め暴力を肯定するのか、なぜ全共闘学生と連帯できると考えたのかなどの理由も明らかになる。その意味でも三島由紀夫と全共闘学生の討論会は重要な作品である。「この言霊がどっかにどんな風に残るか知りませんが、その言葉を、言霊を、とにかくここに残して私は去っていきます。これは問題提起に過ぎない」(三島由紀夫)。

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