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自転車と交通事故(2014)

自転車と交通事故
Saven Satow
Jan. 29, 2014

「自転車も乗れば車の仲間入り」。

 2014年1月28日、東京地裁は、自転車に衝突されて死亡した都内の女性(当時75歳)の遺族が運転していた男性(46)に損害賠償を求めた訴訟で、4746万円の支払いを命じています。青信号で横断歩道を渡っていた被害者をわき見運転の自動車がはねた事故です。今回に限らず、自転車による死亡事故をめぐる民事訴訟が相次いでおり、自動車並みの高額の損害賠償が認められるケースも出ています。

 日本の交通事故の特徴は、歩行者や自転車の関連比率が高い点です。少々古いですが、2009年のデータを紹介しましょう。交通事故死者総数は4.914人です。歩行者事故の死者は1.717人(34.9%)、自転車事故のそれは695人(14.1%)です。イギリスやドイツなどの先進国における交通事故死者数に対する自転車の割合は10%を切っています。

 実は、自動車乗車中の事故の死者数は年々減少しています。これはさまざまな対策の成果です。一方、自転車はエコライフやスポーツサイクリングへの関心の高まりもあり、利用者が増加しています。交通事故死者数に占める自転車の比率は徐々に高くなっているのです。

 歩行者や自転車の事故死者が多い理由として、日本の道路が混合交通であることが挙げられます。歩行者や自転車、二輪車・自動車の分離が不十分です。しかし、それは確かだとしても、自転車利用者の行動面に問題があることは衆知の事実でしょう。

 自転車は車道の走行が原則で、歩道は例外です。車道では左側通行です。歩道を走行する際、歩行者優先で、自転車は車道よりをとらなければなりません。もちろん、自転車利用者も交通ルールを守らねばなりません。なお、子どもの場合、自転車の乗車にはヘルメットの着用が求められます。

 しかし、東京では自転車が歩道の中心を猛スピードで走り抜け、ベルを鳴らして歩行者を追い払う光景が日常茶飯事です。おまけに、一時不停止や信号無視、わき見運転、蛇行、逆走、乱横断、無灯火、酒気帯び運転なども横行しています。

 自転車事故には年齢の偏りが見られます。人口10万人当たりの事故率は負傷者が中高生に相当する13~19歳が最も大きいのです。また、死亡率は65歳以上、特に75歳以上の男性で高くなっています。

 向井希宏中京大学教授の『交通参加者のリスク─歩行者世自転車運転』によれば、なぜこうした傾向を示すのかを詳しく調べてみると、若年層は確認など安全にかかわる行動がおろそかです。さらに、高齢者の調査で興味深い結果が現われています。確認行動が自動車の運転免許の有無と相関関係が認められるのです。免許保有者は、そうでない者よりも、確認の回数も多く、時間も長い傾向があります。

 年齢制限がありますから、若年層では免許を持っている人は少数です。自転車の安全行動のおろそかさが自動車の運転免許を持っていないことと関係があると推測できます。運転免許の習得には、交通教育を受けなければなりません。交通参加者としての自覚と責任に関する講習や実技を経ないと、免許が取れません。それを考慮すると、交通教育が事故防止にはやはり有効です。よき交通参加者の育成が重要な対策なのです。

 事故の多発に対して、法的規制の強化がしばしば主張されます。しかし、安全運転の重要さが内面化されていなければ、機会主義的行動を誘発する可能性もあるのです。また、高額の損害賠償は打算的人間の行動の抑止効果はあるでしょう。けれども、自賠責がありませんから、加害者に支払い能力がない場合もあり得ます。法的規制や民事訴訟だけでは不十分です。

 とは言うものの、交通教育の意義が世間で広く理解されているとは言い難いのが現状です。暴走族が活発化した80年代、多くの高校はその対策として、バイクに乗らない。バイクを買わない、免許を取らないという「3ないい運動」を展開します。しかし、これは交通に関する理解が断片的です。よき交通参加者を育成することが安全につながります。暴走族は交通の危険の一つでしかありません。一律の規制ではなく、安全教育を推奨することがよりよい交通状況を生み出すのです。

 自転車事故では、中高生の負傷者が高い実態があります。バイクであろうと、自転車であろうと、事故は事故です。死傷することに違いはありません。暴走族に加わらなかったから、それでよいというわけにはいかないのです。

 自転車による事故を減らすには、適切な交通安全教育の考案と実施が不可欠なのです。交通は現代の人間にとって欠くべからざる生活環境です。参加せざるを得ないのです。幼い頃からこの環境で生きていくためのリテラシーを身につける必要があります。それは日本社会にとって地道で、根気の要ることでしょう。しかし、交通事故は日常の中で起きます。ですから、交通に関する認知行動を日常的に改善していくほかないのです。
〈了〉
参照文献
蓮花一巳他、『交通心理学』、放送大学教育振興会、2012年

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