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円弱のアベノミクス(2014)

円弱のアベノミクス
Saven Satow
Dec. 07, 2014

「戦後しばらくして、それまで1ドル360円だった円ドルが、一気に240円ほどに急に円高になりました。これは一大事!ということで時の水田大蔵大臣が昭和天皇の所に急行し、『陛下、大変な円高になりました。これは日本の危機です』と言った。昭和天皇は『そうか。日本人の価値が上がったと言うことだね。問題があるのか』と言われたという。水田大臣は答えることもできず、冷や汗をかきながら退出したとされている」。
武田邦彦『さ天皇陛下と円高』

 2014年12月5日、ニューヨーク市場で一時1ドル=121円69銭まで売られる。約7年4カ月ぶりの安値だ。しかし、12月7日1時23分配信『日経』の「円の実力、40年で最低 追加緩和やアジア通貨台頭で」によれば、実質的な円はこれよりはるかに安い。

 日銀によると、実質実効為替相場は1973年1月以来、すなわち42年ぶりの弱さになっている。これは日本の貿易相手国通貨に対する円の総合的な価値である。2010年を100とした円の実質実効相場が11月中旬時点で70.88、73年1月の68.88以来の水準をつけている。73年1月と言うと、第2次田中角栄内閣の発足直後で、まだ固定相場制、1ドル=約300円だ。今の円の実力は73年2月の変動相場制移行後で最弱である。

 この指標になぜ「実質」だけでなく、「実効」がつくのかを説明しよう。物価が変動するので、消費者物価指数などにより調整するのが「実質」である。一方、対ドルを始め外国通貨との交換レートを貿易額に比例して処理するのが「実効」である。この二つが加味されるので、「実質実効為替相場」になる。

 対ドルの円相場以上に実質実効相場が大幅に安いのには理由がある。名目の相場は投機などにより値動きが激しい。マインドに左右されることもしばしばだ。また、相互依存が進展し、日本をめぐる貿易関係が多様化している。中国を始めとするアジア諸国の通貨も強くなっており、それも実質相場に反映されている。徳に人民元はドルと連動している。そのため、ドル高が進むと、円の実質価値をさらに下げる。

 円は過去40年間で例を見ない全面安の状況にある。田中内閣の水準だ。輸出にとってこれほどの好条件もないのだが、為替差益があるものの、期待通りに伸びていない。円安になれば輸出が増えて景気がよくなるという見通しは、率直に言って、迷信でしかない。

 輸出志向の製造業は生産拠点を海外に移している。為替相場や人件費だけがその理由ではない。新興国や途上国の市場の将来性も大きい。消費地の近くで生産する方がニーズに応えやすいのだから合理的である。円安は必ずしも輸出増加をもたらさない。海外子会社からの本社に戻す利益などを反映する第一次所得収支は、10月としては過去最高の2兆186億円に上っている。製造業大企業は活動がグローバル化しており、厳密には、「輸出志向」とはもはや言えない。

 円安の恩恵を受けているのは来日観光客の増加に伴う関連消費だろう。円が強かった時の日本人旅行者同様、彼らにとって高級品は割安感もあり、魅力的である。

 歴史的な円弱であるから、原材料などを輸入している企業にとって、この環境は名目以上に厳しい。実質的に1ドル=300円なので、7年4か月前の負担どころではない。しかも、この安値はさらに続く。FRBが出口戦略を進めていくのに対し、日銀は金融緩和を継続すると見られている。今の水準がまだ底値ではない。輸入企業は先の見えないさらなる環境悪化の中で生き残りを模索しなければならない。

 帝国データバンクによると、11月の円安倒産は過去最多の42件、年初来では2.7倍である。円安倒産は中小零細の輸入企業が多いため、1件当たりの負債総額は小さい。12月5日16時14分配信のロイターの「2倍の速度で進む円安、前回円高時に比べ関連倒産件数は3倍超」によると、円安の速度以上に倒産の増加のそれが大きい。今後は連鎖も含め倒産がさらに増えるだろう。

 これがアベノミクスなる政策が招いた現状である。田中内閣の時代にまで円弱に逆戻しをして、この体たらくだ。安倍晋三首相は「道半ば」を連呼するが、この道にはすでに累々たる企業の倒産が溢れている。アベノミクスの成否を問うなどするまでもない。名目為替相場の持続的反転があれば、実質も上昇する。しかし、それには金融政策の修正が必要だ。

 輸出志向の大企業頼りの政策は実感なき成長をもたらすに至っている。中小零細企業が弱体化、地方が衰退、国民生活は逼迫という現状だ。グローバル企業はローカルのことなど考えない。しかし、内需の担い手であるこれらを活性化することが実感ある成長につながる。内需企業にとって賃金はコストではない、消費と貯蓄を通じて自分たちに還流してくるものだ。高度経済成長はこのサイクルによって中間層が拡大し、実感をもたらしている。ちなみに、ドイツ経済は中小企業から活性化している。

 輸出志向大企業が日本経済を救うという迷信を改めねばならない。アベノミクスは経済政策ではない。呪術だ。
〈了〉

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