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ワークシェアリングとしてのバカンス(2014)

ワークシェアリングとしてのバカンス
Saven Satow
May, 23, 2014

「働けども働けども我が暮らしは楽にならず」。
石川啄木

 2014年5月23日付『日本経済新聞』は、厚生労働省が高収入の専門職を労働時間規制から除外する方針だと伝えている。年収1000万円以上を軸に検討する模様だ。日本の長時間労働は世界的に知られている。それは過労死の一因ともなっている。時間ではなく、成果で評価する賃金の仕組みへと転換し、効率のよい労働を促す。そのためには労働時間規制の緩和が必要だというわけだ。

 サービス残業が横行する日本で、規制緩和とは片腹痛い。グローバル化とIT化に伴い、輸送・通信コストが軽減している。固定費としての人件費抑制が狙いなのは見え見えだ。

 しかも、成果主義の問題点はすでに顕在化している。行動経済学の知見からも成果主義がモラルハザードをもたらすことも明らかになっている。労働時間規制緩和の根拠はあまりにも時代遅れで、恥ずかしいくらいだ。

 21世紀の経済学の現状はともかく、この議論では労働時間の短縮がそもそもどのような意味を持って導入されたかが理解されていない。それは失業率の改善が目的で制度化されている。

 あくせく働くことが人生のすべてではない。仕事を忘れて田舎でのんびりと過ごすことこそ大切な時間だ。フランスのバカンスはしばしばそう語られる。

 バカンス文化のフランス人と比較して、かつての日本人は働きバチと揶揄されてもいる。もっとも、江戸時代の庶民は食料や調味料などを持参して長期滞在をするのが一般的な旅行のスタイルである。日本人がいわゆる社畜になったのは戦後からである。

 しかし、バカンスが一般化したのは決して古くはない。1930年代の後半からである。しかも、それは自然発生的ではない。政府による世界恐慌対策のワークシェアリングの産物である。

 1929年に発生した世界恐慌はフランスの経済にも大打撃を与え、不況が長期化する。均衡予算の絶対視が景気回復を妨げているとして金本位制からの離脱、輸出競争力確保のためのフラン切り下げによる効果を期待する世論が高まる。

 そんな雰囲気の中、1936年6月、人民戦線内閣が成立する。この政権で経済政策を主導したのが社会党である。彼らの政策はフランスのニューディールと呼ばれる。国内需要の拡大が景気回復につながると考える。

 人民戦線内閣は国内消費拡大のために購買力向上の政策を打ち出す。労働者の購買力を高める目的で、頂上団体間において年間2週間の有給休暇・団体協約・週40時間労働・賃上げが合意される。このマティニョン協定がいわゆる世界初のバカンス法である。これに基づいて政府は社会政策を実施する。

 失業者をこれ以上増加させないためには、すでにある仕事を分かち合う必要がある。ワークシェアリングをすれば、一人当たりの労働時間も減る。ワークシェアリングで余暇時間が増え、それを見越した政府の政策や民間の経済活動が動き出す。これをきっかけに労働者や市民の間にも長期休暇を農山村などで過ごす余暇のスタイルが浸透していく。

 しかし、フランスのニューディール政策は、労働や社会の改革には成果を上げたものの、全般的な景気回復には及ばない。これにはいくつかの理由がある。

 反ファシズムで結集したものの、社会党・急進社会党・共産党の間で恐慌対策の考えに違いがあり、政策の一貫性が保たれていない。詳細を述べる余裕はないが、「対策が資本主義を前提としている」、「そのコストを大資本に負担させるべきである」、「あるいは利益団体の交渉で決まる政策は議会制民主主義への挑戦である」など理念の衝突が激しい。また、購買直政策とフラン切り下げは矛盾しており、政策効果を相殺する。自国通貨を為替安にすれば、輸入品が高くなるので、購買力は強まらない。

 こうした失敗により、バカンスは景気対策やワークシェアリングといった本来の目的が忘れられている。しかし、バカンスは確かにフランスで定着し、今日ではグリーン・ツーリズムを始め観光の新しい流れを生み出す源になっている。バカンス混雑が発生したため、今では国内を3つの地域に分け、主として冬休みと春休みをずらして緩和しているほどだ。。フランスのニューディール政策は新たな産業を確立したと言える。

 労働時間規制はこのような経済効果をもたらしている。バカンスはワークシェアリングによる失業率の改善という世界恐慌からの回復の産物として生まれている。それはバカンスのための観光産業も発達させる。日本では休日の経済効果の計算をシンクタンクがしばしば行い、「山の日」法案が示すように、永田町も祝祭日の増加に熱心である。その一方で、労働時間規制の緩和を政財界が指向している。認識があまりにコンサマトリーで、断片的だ。一昔前の流行を取り入れるよりも、歴史を体系的に考察した方がヴィジョンのあるアイデアが見出される。
〈了〉
参照文献
平島健司他、『改訂新版ヨーロッパ政治史』、放送大学教育振興会、2010年

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