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消費税と公共事業(2012)

消費税と公共事業
Saven Satow
Jul. 13, 2012

「取り道あれば抜け道あり」。

 税にはそれぞれ作用がある。消費税は消費を抑制し、貯蓄を増やす効果がある。少子高齢化が進めば、国全体の貯蓄は減少する。貯蓄を増やすために消費税の税率を上げることは有効である。

 不十分と言われる現行の制度でさえ、社会保障のためのさらなる財源が不可欠である。社会保障関連産業は労働集約型で、スケール・メリットがあまりない。社会保障と税のいずれにも改革が必須であるのは確かだ。

 ビルトインスタビライザーを始め、社会保障と税を一体として考えるのは近代の財政の一つの特徴である。消費税の機能を考慮すると、社会保障と関連させた理論を構築し、新たな制度を示すことは有意義である。けれども、今回の「社会保障と税の一体改革」には理論の提示がなく、その名に値しない。

 にもかかわらず、消費税増税法案にジャーナリストや学者、エコノミストらから一定の評価があるのは、財政再建につながるのではないかと期待しているからである。それにしても、財政再建の道筋も提示されていないのに、今回の法案に好意的とはずいぶん人がいい。共有する理論が示されていないのに、賛同するのは自らの暗黙の前提に無自覚な証である。

 過去二回の消費税の増税はいずれも景気がよい時期に実施されている。消費税には消費の抑制効果があり、短期的に景気を減退させる。増税に踏み切るのであれば、景気のよかった小泉純一郎内閣の時であったが、彼はそうしなかったおかげで、今でも高い人気を持っている。

 もっとも、消費税の導入以後、財政再建どころか、赤字が増大している。消費税による歳入増が財政の健全化につながるとは限らない。財政再建には歳入を増やすだけでなく、歳出を減らすことも必要だ。日本は伝統的に小さい政府である。先進主要国と比較して、公務員数も少なく、社会保障費も小さい。にもかかわらず、世界で最悪級の財政赤字を抱える最大の理由は、公共投資の大きさである。平成不況期に、繰り返された景気対策としての公共事業が債務を急膨張させている。

 先進主要国の中で、日本の社会保障の規模はアメリカと並んで小さい。ただ、公共事業費が社会保障費を上回るのは日本だけである。全国保健医団体連合会の『グラフでみるこれからの医療』(2006)によると、米英独仏の4カ国が対GDP比平均で公共事業2.0%、社会保障7.7%であるのに対し、日本は公共事業6.0%、社会保障3.4%である。しかも、日本の公共事業費は3279億ドルで、米英独仏にイタリアとカナダを加えた総額2682億ドルよりも多い。なお、この国際比較には「一般政府固定資産形成」という土地代と修繕代を除いたOECDの資料を用いている。

 公共投資には財源が必要だが、それを税で賄った場合、可処分所得を減少させるので、民間貯蓄が減る。そのため、供給面から長期的な経済成長が抑制される。国債を原資に、後の経済成長による税収の増加で公共投資を返済する手法を日本政府は従来採用している。

 借金をして公共投資を行い、その返済見込みを考える際に、税収弾性値が有効である。これは名目経済成長率が1%増えた時に税収が何%伸びるかという倍数である。1~2倍の間と見るが、現在の日本では1.1倍が妥当とされている。赤字国債発行が復活した94年度の一般会計税収は51兆円で、GDP成長率が1.5%である。にもかかわらず、新規国債発行額16.5兆円、赤字国債発行額4.1兆円となっている。以降も税収弾性値を無視した国債発行が続く。景気対策として財政出動をしても、すればするほど赤字が膨らむ計算になる。

 確かに、財政規模を大きくすると、成長抑制だけでなく、税収増による公的資本蓄積に伴い、成長が刺激される。けれども、財政規模が小さい場合、財政出動は成長を促すが、大きくなるにつれ、その効果が失われる。

 12年6月4日、自民党は「国土強靭化法案」を国会に提出、防災のための公共事業として、今後10年間で総額200兆円規模をインフラ整備に投入することを提言している。また、公明党も、7月10日、ほぼ同様の理由で10年間に100兆円を投入する「防災・減殺ニューディール」を公表している。消費税の増税を政府に要求しながら、一方でバラマキをするつもりだというわけだ。

 税収弾性値をから考えると、両党の提案は財政赤字を膨らませるだけである。GDPを500兆円、税収を40兆円、大甘に成長率4%の税収弾性値2倍と仮定して計算してみよう。税収は8%増の3.2兆円、不足分は累積赤字になる。実際には91年~11年の間のGDPの年平均成長率は0.8%で、4%越えはない。年20兆円や年10兆円の10年間継続の財政出動は狂気の沙汰である。合意した両党に財政再建も社会保障制度改革もする気がない。責任能力のない政党は政権に就くべきではない。

 実は、1970年代から公共事業費が所得再配分機能を果たしている。広井良典千葉大教授はそれを「公共事業型社会保障」と呼んでいる。公共投資と県民所得に強い相関関係が見られる。公共投資が減ると、県民所得も減少する。

 しかし、これは健全ではない。公共事業が地方経済の一部に組みこまれ、依存体質から抜け出せない。公共事業による社会保障政策は、特定産業の保護につながり、国際競争力のある産業への労働と資本の移動を滞らせている。また、景気優先の公共事業の乱発は環境破壊を招き、経済的のみならず、環境的な債務を後世に残しかねない。さらに、社会保障制度にはセーフティー・ネットの機能もあるが、公共投資にはそれがない。

 しかも、現在、各種インフラの老朽化が全国的に顕在化している。この事態はすでにアメリカが経験しており、当然、日本も備えておく必要がある。ところが、これだけ公共事業費を使いながら、不確実な将来に向けた新規事業が優先され、現時点で確実に必要とされている老朽インフラの補修は後回しにされている。

 率直に言って、現在の日本の財政状況ではケインズ主義的な景気対策はできない。公共事業の支出は財政悪化につながるだけである。09年の政権交代後、公共投資見直しの動きが政府・与党から起きたが、思った以上の成果を上げていない。提言が骨抜きにされたり、無視されたりしたケースも含めて、これまでの経緯を優先する反論が霞が関を含めた既得権益者から発せられている。ここまで来たら継続した方が安上がりだという主張さえ見られる。

 既成事実を積み上げて泣き寝入りを狙う。これが従来の行政の手法である。ところが、それは選択肢を奪ってしまう。行き詰った際に、他の道がなくなり、苦境にはまりこむ。行政は計画を立て、それが実現するための条件を探る。けれども、条件が満たされても、成功しないケースが少なくない。と言うのも、思考には暗黙の前提があり、それを見逃しているからだ。そのため、選択肢を残しておく必要がある。それを消す既成事実の手法は、往々にして、袋小路を招く。暗黙の前提を明示化できないとしたら、自分たちがしていることを実際にはわかっていない。

 無駄を減らせば、増税しなくても財政再建が可能だと主張しているわけではない。暗黙の前提を直視しない既成事実の手法が財政の危機的状況をもたらした一因であり、これを改めない限り、打開が難しい。中央地方を問わず、日本の政治は政策における暗黙の前提を顕在化させるシステムに乏しい。それに無自覚ですまされている。増税にしろ、制度設計にしろ、予算編成にしろ、その暗黙の前提を明示化することなしに、将来への展望はあり得ない。
〈了〉
参照文献
広井良典、『日本の社会保障』、岩波新書、1999年
全国保健医団体連合会、『グラフでみるこれからの医療』、2006年
http://hodanren.doc-net.or.jp/kenkou/gkhtml/gkenter.html

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