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「三文オペラ」国会(2006)

「三文オペラ」国会
Saven Satow
Mar. 03, 2006

「自分の限界を認めることで、初めてそれを超えることができる」。
ベルトㇽト・ブレヒト

 いわゆる4点セットで始まり、与党側が不利と今国会は予測されていたはずです。ところが、ガセネタのメール問題でおかしな展開をし、他の問題に対する追求がおろそかになっただけでなく、予算もあっさりと成立してしまいます。

 それはまるでベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』のクライマックスを見ているようです。同情も共感もできない悪漢メッキースが絞首台に立つと、そこへ女王の使者が馬に乗って現われ、彼に恩赦を与え、年金と貴族の称号を授与して、理由のないハッピー・エンドを迎えます。さらに、全員による次の合唱で幕を閉じるのです。

不正をあまり追求するな
この世の冷たさに遭えば
不正もやがて凍りつくさ
考えろ、この世の冷たさを。

 ブレヒトの『三文オペラ(Die Dreigroschenoper)』は演劇を変えた傑作です。1928年8月31日にシッフバウアーダム劇場の開場に合わせて初演され、大成功を収めています。クルト・ヴァイルの担当した音楽もよく知られています。中でも、『メッキー・メッサーのモリタート』は後に『マック・ザ・ナイフ』としてスタンダード・ナンバーになっています。

 舞台はロンドンです。貧民街ソーホーの顔役メッキー・メッサー(マック・ザ・ナイフ)は女たらしの色男です。ある日、メッキーは街でたまたま出会った少女ポリーに一目ぼれしてしまいます。二人は、何と、その日のうちに結婚式を挙げるのです。

 ところが、ポリーはロンドンの乞食の総元締めピーチャムの娘だったから、大変です。結婚を知ったこの乞食王と妻シーリアは怒り狂い、メッキーと別れるようポリーを説得します。けれども、彼女は聞く耳を持ちません。

 そこで、ピーチャムはロンドンの警視総監ブラウンにメッキーの逮捕を頼みます。これまでメッキーの悪事をなかったことにしてきたので、ブラウンは迷います。けれども、ピーチャムは、もし応じなければ、予定される女王の戴冠式のパレードの最中に、ロンドンで乞食のデモを実行すると脅します。ブラウンは渋々メッキーを逮捕することにします。

 これを知ったメッキーは逃走を図りますが、愛人の一人ジェニーの密告で捕らえられてしまいます。それから数日後、メッキーは牢獄の前で起こった愛人の一人ルーシーとポリーの喧嘩を利用して脱獄します。それを知ったピーチャムは乞食のデモ行進を戴冠式のパレードにぶつけようとブラウンを再び脅迫します。潜伏先の娼婦の裏切りにっよってめっきーは逮捕されます、彼は戴冠式の朝に処刑されそうになるのですが、突然、女王の使者が登場し、恩赦が下り、年金1万ポンドと城が与えられるのです。これで幕になります。まさに三文芝居です。

 今回ほどではないにしても、こんな「三文オペラ」は、残念ながら、日本の政界にはよく見られます。小泉政治は「劇場型民主主義」などと言われますが、ブレヒトは観客が俳優や物語に感情移入するのを妨げ、劇を批判的に観る「異化効果」を唱えています。演劇は登場人物の主観を通して世界が語られますから、同化しなければ楽しめません。演劇はその内部から世界が認知されるのです。だからこそ、主観を相対化する客観的認識を持つ必要もあるのです。大切なのは『三文オペラ』自体ではなく、それを見る観客の異化作用の方なのです。その意味でも、今回の国会は、「三文オペラ」国会と呼ぶにふさわしいでしょう。
〈了〉
参照文献
ブレヒト、『三文オペラ』、千田是也訳、岩波文庫、1961年

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