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ひな祭りの昔ばなし(2018)

ひな祭りの昔ばなし
Saven Satow
Mar. 03, 2018

「おだいりさまとおひなさま ふたりならんですましがお」
サトウハチロー『うれしいひなまつり』

 毎年3月3日は、女の子の健康な成長を祈ってひな祭りが行われます。伝統的な年中行事は、本来、旧暦に沿っています。3月3日は、新暦で言うと、4月初旬に当たります。それは桃の花が咲く時期なので、桃の節句とも呼ばれます。

 ひな祭りと言えば、やはり「おひなさま」でしょう。男雛と女雛の内裏雛を中心とするひな人形をひな壇に飾ります。それに、桜や橘、桃の花などを添えます。また、ひなあられや菱餅もお供えします。そのひな壇を前に、家人みんなで白酒を飲んだり、ちらし寿司を食べたりして、娘の健やかな成長を願いつつお祝いするのです。なお、「おだいりさまさ」は男雛と女雛のペアを指します。女雛だけを「おひなさま」とは本来言いません。

 伝統的行事ですが、実は、ひな祭りを扱った昔ばなしは少数です。昔ばなしは民衆の集合的知識の表象です。前近代における民衆は大部分が貧困層ですから、ひな祭りをお祝いできる家は一部に限られています。こういった事情ではひな祭りの昔ばなしが少ないのも当然でしょう。

 もちろん、少数とは言え、ひな祭りに関連する昔ばなしはあります。山口県の岩国金正院に伝わる内裏びなの物語がその一例です。山口県岩国市で「岩国城下町『内裏びな』まつり」が2018年2月24日から3月4日まで開催されています。これは錦帯橋周辺の旅館や商店、民家にひな人形を展示するイベントです。このお祭りは『内裏びな』の昔ばなしに由来しています。

 『内裏びな』は次のような昔ばなしです。

 安芸の国に和泉屋という商家があります。この大きな店には、お菊という娘がいます。彼女は、器量よしで、明るく、魅力的、健やかな女性です。

 その和泉屋には先祖から伝わる見事な内裏びながあります。以前、この内裏びなを売却する話が持ち上がったのですが、お菊が泣いて売らないで欲しいと懇願したため、そのまま家に残ることになります。

 ある日、岩国の白銀屋から、お菊を息子の孫三郎の嫁にという縁談の申し出があります。よい話として和泉屋もこれを承諾します。お菊は父に頼み、内裏びなを持って嫁入りします。そのお菊が来てからというもの、白銀屋はこれまでよりも繁盛するようになっていきます。

 ところが、お菊はふとしたことから流行病にかかり、急激に病状が悪化、あっという間になくなってしまいます。ショックの孫三郎は、見るのも忍びないので、お菊の嫁入り道具を里に返します。その際、迷ったものの、内裏びなは残すことにしています。ただ、家に置いておくのはつらく、お菊をかわいがってくれた長谷屋のお祖母さんに貰ってもらうことにします。

 長谷屋のお祖母さんは、生前のお菊と同じように、ひな人形を大切に扱い、話しかけもします。その内裏びなが店に来てから、不思議なことが起こり始めます。主人の経営判断が間違っていると、内裏びなの顔が悲しそうになり、逆に、正しいと、明るくなるように見えるのです。内裏びなに表情をしたがって商いを行うようにした長谷屋は、今まで以上に商売が繁盛します。

 お菊が亡くなって以来、白銀屋は元気がなくなっています。そんな折、長谷屋のお祖母さんは内裏びなを持って孫三郎を訪ね、この不思議な出来事について話します。お祖母さんは、その上で、内裏びなにはお菊が乗り移っているのではないかと伝えます。それを聞いた孫三郎は、悲しんでばかりいたことを反省し、商いに身を入れると気を取り直します。孫三郎は商に励み、内裏びなもその表情で彼を支えたので、店は大繁盛したということです。

 以上のような物語です。この昔ばなしには近世の商家の考え方がよく表われています。

 唱歌では、男の子よりも女の子が授かる方を望みます。男の子が生まれれば、跡取りにしなくてはなりません。けれども、彼が商才に恵まれていたり、苦労や努力を惜しまなかったり、人を惹きつけたりするとは限りません。商いに向いていなくても、男であるために、跡取りにしなければならないのです。

 一方、女の子が生まれたら、女性は公の場に出られませんので、婿を取って跡取りにします。親は見どころのある男を婿に選ぶことができます。彼は、人柄がよく、商売熱心で、目先が利き、家業をより発展させられるでしょう。そんな婿を家に迎えられるのですから、女の子が生まれる方を願うのです。

 裕福な商家であれば、大切な娘のために、内裏びなを飾り、ひな祭りをお祝いするものです。まさにおひなさまは商家にふさわしいのです。

 こうした価値観が反映し、昔ばなしでは、商家が舞台の場合、主人公が女性だったり、貧乏な男の主人公が裕福な商人の家に婿入りしたりします。ただ、『内裏びな』は主人公が女性ですが、婿取りではなく、嫁入りします。

 珍しい設定ですけれども、ここにも商家には息子より娘の方がよいという価値観が認められます。お菊に比べて孫三郎はさえない人物です。お菊は有能な商人です。彼女が嫁入りすると、店が繁盛しています。他方、彼女が亡くなると、店は左前です。孫三郎には経営者としてお菊ほどの能力がありません。両者の関係に商家が男の子よりも女の子を授かる方を願う考えが反映しています。

 昔ばなしでは、病が扱われた際、それが重篤な症状の危険性がある流行性感染症の場合、患者は助かりません。仏教を始めとする超自然的な力によってインフルエンザや百日咳などが回復する物語はありません。そうした病が扱われる昔ばなしは、残された人がその死をどのように受け入れていくかを主眼として語られます。『内裏びな』もその例に漏れません。

 死者の魂が人形に乗り移るエピソードは洋の東西を問わず少なくありません。ただ、『内裏びな』が商家を舞台にしていることを見逃してはなりません。心霊現象ではなく、商家の教訓と合理的に理解することが可能です。

 それはこのような話を思い浮かべればよいのです。名経営者が急死し、息子が後を継いだとします。経営判断に迷った際、遺影に向かって、親父ならこんな時どうしただろうと語りかけることもあるでしょう。すると、写真の先代がその判断は正しいとか間違っているとか言っているように見え、それを参考に経営を進めることはあり得る話です。

 お菊は有能な商人です。大切にしていた人形をお菊に見立てて、商いをめぐってこんな時に彼女ならどうしただろうかと問い、その答えを思い浮かべ、それを参考に判断したら、経営がうまくいったと先のエピソードは解釈できます。それは、お菊を通じて自身の判断を相対化して、冷静にそれを再検討している作業です。ビジネスにおいては意思決定する際、自分の見方を絶対視せず、それを客観的に見直す必要があるという商家の教えと理解できるでしょう。

 このように『内裏びな』は商家の認識がよく表われた昔ばなしです。おひなさまをめぐる昔ばなしは少数ですが、そこには暗にこうした社会的メッセージがこめられています。昔ばなしは民衆の集合的知識の表象です。それを味わうことも楽しみの一つなのです。
〈了〉

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