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ざしきわらしの社会的意味(2016)

ざしきわらしの社会的意味
Saven Satow
Jan, 06. 2016

「運は運ぶと書きよるね。行動しないと運はついてこないというわけです」。
藤本義一

 昔ばなしに登場する超自然的存在として最もポピュラーなものの一つはざし木わら氏でしょう。これにまつわる物語は東北を始め全国至る所で伝わっています。一般的イメージは、座敷や蔵に住んでいて、見た人に幸運、居住する家に富をもたらす神でしょう。

 ざしきわらしと一口に言っても、男の子だったり、女の子だったり、兄弟姉妹だったりもします。また、おとなしいのもいれば、いたずら好きもいます。エピソードは、他の超自然的存在と比べて、断片的で、物語性が乏しい特徴があります。目撃情報と言った方が正確でしょう。さまざまなパターンのあるそのエピソードをまとめることは困難です。

 起源を始めとしてざしきわらしに関する考察もすでに大量に蓄積されています。あまりにも多岐に亘るので、全体像をつかむのも難しいものです。ただ、エピソードの傾向は大きく二つに分類できます。

 一つは、ざしきわらしがいる間は商売繁盛、その家から去ると左前になるというものです。商売に限らず、家が豊かになるということです。もう一つは、いつもと同じ面々で遊んでいる子どもたちが集団の人数を数えると一人多いけれども、そこに見知らぬ子はいないというものです、

 前者は商売運だと考えられます。商売が繁盛するためには、当人たちの工夫や努力は言うまでもありませんが、やはり運も必要です。毎年、仕事始めの日になると、神田明神で経営者が商売繁盛を祈願にやってくるのがその証拠でしょう。

 後者はチームワークでしょう。みんなで遊んでいてうまくいって楽しいと、人数以上のことができていると感じられます。1+1が2ではなく、3にも4にもなるという政治家や財界人がよく使うあの言い回しです。

 どちらもオカルトめいて捉える必要はありません。昔ばなしに登場する超自然的存在には社会的意味があります。昔ばなしの世界は意味に覆われています。ある対象を具象化した存在を通じて、社会はそれとのつきあい方を認識します。そうした存在が機能を果たしている社会的意味が何か考えればよいのです。

 両者に共通しているのは。うまくいく時には自分たち以外の力が助けてくれているという意識です。けれども、その力は人間の思い通りになるわけではありません。子どものように、いささか気まぐれです。と同時に、運を運ぶのが子どもであるなら、去って行っても、仕方がないとあきらめもつきます。運は作為がなく、子どものようなものです。そうした運は一貫性も持続性も乏しいですから、物語になり得ません。ざしきわらしは運といったものの具象の一つなのでしょう。
〈了〉

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