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双子の赤字に向かう日本(2014)

双子の赤字に向かう日本
Saven Satow
Feb. 19, 2014

「人々は理解できぬことを低く見積もる」。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ファウスト』

 80年代のアメリカは財政赤字と貿易赤字の双子の赤字に苦しんでいる。90年代に回復したものの、ジョージ・W・ブッシュ政権でそれが再燃する。今、日本が双子の赤字に向かいつつある。2012年末に発足した安倍晋三政権は状況を改善するどころか、著しく悪化させている。金融緩和・財政出動・成長戦略の三つを経済政策の柱に据えたが、この流れを止められていない。

 日銀の大規模金融緩和によって円安が誘導されたものの、輸出量はさほど伸びていない。為替差益が一部の企業の収支を改善しただけである。国内企業の業績が悪いのは円高のせいだと経済界やエコノミストが民主党政権下で主張していたけれども、それはでまかせにすぎない。

 もちろん、中央銀行が為替相場を放置して市場に任せておけばいいわけではない。現代の経済では物価・金利・為替の安定が必要だ。投資の判断は金利のみならず、為替レートの予想も影響を受ける。しかし、今の円安は実体経済の改善につながっていない。

 円安になれば、輸出が増加、輸入が減少して、経常収支の黒字が増えるためには、マーシャル=ラーナーの条件を考慮しなければならない。それは輸出入の価格弾力性に関わっている。日本の輸入の多くを占めているのはエネルギーである。これは価格が高くなったからと言って、輸入量を減らすわけにはいかない。輸入の価格弾力性が低い。

 輸出の主力だった製造業は生産拠点を海外に移している。それは何も為替レートだけが理由ではないから、企業も国内に戻す気はない。そのため、輸出の価格弾力性も低い。輸出入いずれの価格弾力性も低ければ、マーシャル=ラーナーの条件が満たされないことになる。円安は経常黒字の増加につながらない。

 製造業は、ニーズに応えやすいため、消費地に近い場所で生産する方が有利だとされている。例えば、タイの自動車への要求は日本と異なっている。タイは日本と比べて高温多湿で、交通事情が悪い。おまけに、トラックの荷台に人を乗せる。日出国ならヤクザの出入りかと思ってしまうが、微笑みの国では日常的な光景である。こうした事情に応えるには消費地に近い場所で生産する方が合理的である。

 貿易赤字減少のために原発の再稼働を唱える声もある。しかし、エネルギーの輸入量は増加していない。原油の市場価格の上昇と円安による為替差損が赤字を増やしたのであって、再稼働しても改善しない。

 財政出動にしても、従来型の公共事業依存だったことが今や明らかになっている。しかも、人手と資材の不足から事業費の高騰を招き、地方自治体の入札が不調に終わることも多い。景気対策につながらなければ、税収も増えない。

 日本は高齢化が進んでいる。それは家計の貯蓄率の低下を意味する。貯蓄が減少すれば、投資も減る。財政赤字は政府の貯蓄不足である。そんな政府が国債を大量発行しても、売れるのは、家計の貯蓄を元に金融機関が購入しているからである。貯蓄が減れば、その資金が小さくなる。国債の大量発行による金融緩和を行っても、貯蓄率が低下すれば、期待通りの効果どころか、財政赤字のさらなる悪化を招く。

 そもそも現政権は「税収弾性値」を無視している。それは名目経済成長率が1%増えた時に税収が何%伸びるかという倍数である。1~2倍の間と見るが、現在の日本では1.1倍が妥当とされている。赤字国債発行が復活した94年度の一般会計税収は51兆円で、GDP成長率が1.5%である。にもかかわらず、新規国債発行額16.5兆円、赤字国債発行額4.1兆円となっている。以降も税収弾性値を無視した国債発行が続く。景気対策として財政出動をしても、すればするほど赤字が膨らむ。現政権に関しては言うに及ばないだろう。財政再建を後回しにしてまで近年稀に見る大盤振る舞いをしながら、成長率を思うように上げられていない。日本をさらなる借金大国にしただけだ。

 成長戦略は当初から期待する声も少数である。新規性はなく、おまけに挙げている数が多すぎて、優先順位が不明確で、「戦略」になっていない。キャッチアップの時代であれば、政府が優先産業を主導すると、企業も学習コストを軽減できるため、政策パフォーマンスの成果が認められる。しかし、今はもう違う。その認知があるのかさえ疑わしい。

 再生可能エネルギー技術は最も将来性のある分野の一つである。ところが、政府は既得権者の要求に応えて原発の再稼働に積極的な姿勢を示している。これでは技術革新への民間の活力がそがれてしまう。従前のそれの見直しがされていないのだから、戦略的思考だとはとても言えない。

 しかも、この政権は経済政策に真剣に取り組む気があるのかと苛立たせ、社会的コストを無駄遣いする発言・行動を行っている。その最たる例が靖国参拝である。

 相互依存が進む今日、他国を挑発する言動・行為は自国の利益を損う。それは地域を不安定化させ、そこのみならず、世界経済にとっても懸念材料となる。そのような政権を国際社会は到底容認できない。好戦国家として国際的孤立に陥る。また、外国人投資家は経済に取り組む姿勢が熱心ではないとして引き上げる。大切な資産を失いたくない。

 経済政策はそれ以外と関連させずに是々非々で評価すべきだという意見がある。しかし、世界の安定を損ねる発言・行動は経済にも悪影響を及ぼす。是々非々主義は相互依存の現代を理解していないアナクロである。経済には合理的判断が必要である。それを欠く指導者は経済もわかっていないと見なすべきだ。

 挑発発言・行為を国内世論が支持するとしたら、それは自分の首を絞める結果になる。自国製品の不買運動や外国人観光客の敬遠、株価の下落などをもたらし、景気が悪化する。仕事や財産など国民の生活が脅かされる。そうなると、税収も下がる。挑発発言・行為の社会的コストを支払されていることを認知し、世論はその政権が終わるように働きかける必要がある。

 ナショナリズムに訴える政治家の言動・行動は社会に損失をもたらす。社会的コストがかかっている。その支持はそれを増加させる。職や資産を奪う行為だと認知していないとしたら、社会性に欠けると言わざるを得ない。

 双子の赤字に日本は向かいつつある。現政権はそれを止めるどころか、加速させている。彼を支持する限り、日本が現状を打開することはできない。
〈了〉

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