6.冬は短し、稼げよ青年
僕のアルバイト先は、四つ星リゾートホテルだった。
と言ったら信じてくれる人はいるだろうか。
経緯は省くが、大学生の頃の冬休みに2週間住み込みで働いていた。
職種はベルボーイ(ドアマンともいう)
雪の降りしきるホテルの玄関前でお客様を待ち受けて
「お疲れ様です、お荷物をお持ちいたします。
ただいまチェックインのご案内をいたします。
こちらでゆっくりとおくつろぎください」
と颯爽とやってきて爽やかに対応するあの人たちである。
アルバイトとはいえ、ホテルマンと同等の制服が支給された。
着るだけで数段かっこよく見えるんだからユニフォーム効果はすごい。
しかし、ベルボーイの主戦場は寒風吹き荒ぶ玄関前である。
そのままの格好ではいささか寒いので、ベルコートを支給される。
これが超絶格好いいのだ、本当に格好いい。
イメージとしてはマーチングバンドの赤い制服をコートにしたものと思って欲しい。
めちゃくちゃかっこいいのだが、防寒性ゆえに重い。
今ならわかるあのカテ室のプロテクターを二重に来たくらいには重かった。
だけど、とても気に入っている。
当時Twitterがあったら毎日のように自撮りをアップしていたかもしれない。
ガラケーでよかった。
勤務は日勤なので、朝はじまって夜帰る(といっても雪山にある寮)だけ。
さて、エピソードとともに仕事を振り返ろう。
1.荷物の積み下ろし
玄関前に車が着くと挨拶のあとに当然荷下ろしがまっている。
冬の雪山のホテルなので、みんなスキーやボードを楽しみにしてきている。
素晴らしい、僕も滑りたい。
家族で楽しそうに降りてくると実に微笑ましい。
微笑ましいが内心では(助けてくれっ…)と思っている。
宿泊荷物のほか、人数×スキー板orスノボの運搬作業がまっているのだ。
なかにはスキーもボードも両方楽しむファンキーな方もいる。
さすがにいっぺんには運びきれないので何往復とすることとなる。
無論、翌日を待たずに筋肉痛である。
ただ本来チェックインする時間になってもお客様が現れないこともある。
場合によっては夜間になるまで姿が見えないこともある。
そういうときは(遭難したんじゃないか…)と心配になり、今度は胃が痛い。
2.荷物の発送
ウィンタースポーツを楽しんだあとはみんな軽やかに帰りたい。
そりゃそうだ。
というわけで、ホテルのフロントの前にある宅配手配場所から荷物を発送する。
しかし先にも書いたようにみんな大荷物なのであっという間に場所が埋まる。
かといって雑に積み上げるわけにもいかず、悪戦苦闘粉骨砕身きれいに並べる。
当然、翌日を待たずに筋肉痛(ry
そんな荷物関係で酷使した力の入らない腕で、発送伝票を記載するのだが。
ただでさえ綺麗な字ではないのに、筋肉痛のせいでよりひどくなり、雪のように消えたくなるときもあった。
3.玄関前の雪かき(放っておくと道がなくなる)
エントランスにはかなり大きなルーフがあるものの、雪は舞い込んでくる。
(雪もたまには休んでもいいんだよ)などと思いつつ、道を作っておく。
玄関に備え付けのホウキやモップ、スコップやトンボ、ダンプを使い雪を処理する。
処理するといっても適当にやるとエントランスの景観を悪くするので無碍にもできない。
雪だるまを作ったり、模様を作ったりしつつ、景観を損ねない工夫も必要だ。
だが雪がしんしんと、こんこんと、もくもくと降り続くときがある。
ロマンティックなことこの上ないが、がんばって作った道は純白に覆われる。
(こなあああああゆきいいいい!!!!)と心の中で叫びながら、黙々と雪をかく。
当然、翌日を待たずに筋肉(ry
4.車の雪下ろし
雪がエントランスを覆うとき、車もまた雪に覆われる。
どのくらいかというと一晩で2m降ることもあり、普通自動車がキャンピングカーかの如き姿に巨大化することもある。
そうなると到底、お客様だけでは雪を処理できないので要請があればお手伝いする。
ただし道具では車を傷つける恐れがあるので基本、手袋をした腕で払い落とす。
またCO中毒にならないよう、マフラー部分を優先的に処理をする。
エンジンがかかれば車内を暖めて内側からも雪を溶かす。
そして車がでていけばその周辺に落ちた雪をまたどかす。
このときは道具を使えるけど、当然翌日を待たずに(ry
5.車が雪にハマった場合の救出
これが地味に多く、また最も重労働で、そして最もチップをいただける業務。
業務というかハマって困ったお客さんは、エントランスという一番近いところにいる自分に助けを求めてくるので、必然的に自分が全て対応することになるんだけど。
ホテルの人たちは車のこの状態を「亀の子」と読んでいた。
タイヤが雪にうまり、車が底をすっているように見えるので亀の子なんだという。
これは雪国にいるひとにとっては当たり前の救出方法だと思う。
しかし、冬の雪山にリゾートでくる人たちはこんな雪にそうそう立ち向かうこともない。
よって一度ハマったらもう抜けられないのだ。
そういうわけでSOS要請を受けると、スコップを担いででかけるのだ。
車の底の雪をかきだし、タイヤの前後に溝を作る。
準備ができたら運転手に説明するのだ。
「今から僕が後ろから車をブランコのように揺らします。そのタイミングを合わせてアクセルをふかしてください。何度かやることになりますがきっと脱出できます。もし脱出できたら、絶対に立ち止まらないでください。後ろも振り返らずそのまま進んでいってください。」
必ずこれを説明する。
アルバイト期間中、何度か救出をしたがこれが最もチップをいただけるものだった。
ただチップをもらうという経験も嬉しかったが、無事に脱出できたあと窓をあけてサムズアップしながらクラクションを鳴らして去っていくお客様の車を見ると、一安心できて気持ちよかったものだ。
雪かきに加えて車を押しまくるので、当然翌日をまた(ry
ここまで読んでお気づきの方もいるだろう。
とにかく、やることなすこと重労働なのだ。
一に体力、二に腕力、三四が脚力、五に持久力。
接遇は八か九くらいだったかもしれない。
我こそはと思う人がいたら、プロテイン持ち込みで働くことをお勧めする。
6.写真撮影
今も昔も変わらないが、リゾートにきたらとりあえずは写真である。
ただ当時(15年くらい前?)はスマホなんてものはなかった。
代わりにデジタルカメラがとても流行していた時代だ。
ご年配の方ならフィルムカメラというのも珍しくはなかった。
なので写真撮影を頼まれることが多かった。
写真に残ることもあって、エントランス周囲は綺麗にしておく必要もある。
今だったらほとんどスマホで自撮りで済ませてしまうんだろう、寂しい。
で、意外と多かったのが
「すいません、写真をとっていただけますか?」
「もちろん良いですよ、どのカメラですか?」
「あ、そうじゃなくて一緒に写真に写ってほしいんです」
「…え?僕ですか?」
このやりとりを、何度したかわからない。
ゲレンデ効果というかホテル効果というか、ベルコート効果というか。
そうはじめにも書いたけどベルコートは本当に格好いい。
3歳くらいの女の子が「王子様がいる!きゃー!」と黄色い声をあげるくらいにはかっこいい。
老若男女問わず、本当に多くのかたと一緒の写真にはいった。
人生において三度はあるというモテ期は、確実にここで使ってしまった。
※芸能人だってやってくる
ところで、アルバイト期間中に有名女優さんがやってきた。
朝から責任者がバタバタと動いていて、なんだろうと思ったら
「今、近くのペンションから女優の◯◯さんと◯◯テレビの女子アナが大勢やってくるけどいつも通りよろしく」
ということだった。
まぁ通常業務もあるし、VIPの相手をすることもないだろうし。
と思っていたのだが。
日記はここで途絶えている…
2週間の住み込みアルバイトで得た賃金は14万円ほどだった。
閉ざされた雪山から下界に降りた僕は開放感でいっぱいだった。
意気揚々と初めての賃金を手にし、ほくほくだった。
懐が暖まり、春先がきたかのような足取りでオタクの聖地、秋葉原へ向かった。
14万円のうち大半を趣味の特撮グッズに投入したのだ。
2週間で得た賃金は、水が雪に変わるように特撮グッズへと姿を変えた。
2週間で得た賃金は、雪が水に変わるようにあっという間に溶けてしまった。
儚いものである。