見出し画像

短編小説「花」

第1話 プロローグ

花は美しい、そしてけなげである。
「水が欲しい」とか「太陽の光が欲しい」とは言うはずもない。
でも知ってほしい。
そんな花だけれど心があると。

第2話 登山道

和樹とみどり。
二人は登山が趣味で出会った。
そして結婚した。
和樹は何よりも山が好き、みどりは何よりも花が好き。

登山道。
晴れの日。
澄んだ青空。
風が心地好い。とん、とん、とん、とん、リズミカルに登る登山者達。
登っている途中で見られる、さまざまな高山植物が美しい。
「みどり、ここらへんで一服しようか?」
「そうね」腰を下ろす二人。

「あせって登る事はないもんな・・人生も同じ、ゆっくりのんびりが良い」
「そうね」
笑うみどり。足元に白い小さな花。
「奇麗・・。花は良いわぁ、花は私の命」
つぶやくみどり。

第3話 鉢植えの花

夜。
マンション。
鉢植えの花がいっぱいに並べられている部屋。
「あの山に来年も行けたらいいなぁ・・。行きましょうね」みどり。
「そうだな。しかし、たぶん来年は転勤だな・・そろそろ」
「動きそう?」
「ああ、長いからな、今のポジションは」
「遠くじゃなければいいわね」
「そうだな」

翌年。
和樹は転勤を命ぜられ、単身赴任することになった。
「ま、たまに帰ってくるよ」と和樹。
「玄関にある鉢植えの花、後で持って行くわ。寂しいでしょうから」と、みどり。
「え〜めんどいなぁ」
「そんなこと言わずに、私だと思って大切にして」
「あ〜うん、ありがとう」そう言い残して和樹は行った。

2週間後。
みどりはお気に入りの鉢植えの花を持って、社員宿舎に行った。
「あら、綺麗に掃除してるじゃない?」
「まあな(今日だけやったけどな)」
「これ、毎朝お水をあげてね、必ずよ!」
みどりはは鉢植えの花を本棚の上に置いた。
「はいはい、花の女王様!」
「なんですとぉ~!」笑う二人。
夕日が鉢植えの花を照らす。

玄関。
「じゃあ、花、枯らさないでね」
「ハイハイ女王様」
「ったく」
やれやれというような顔をして、みどりが帰る。

第4話 妻の異変

ある日の夜。
残業を終えて社員宿舎に一人帰る和樹。時計は12時を回っている。
「ああ、疲れた」ベッドにもぐりこむ。

(・・・えっと、きょう花に水やったっけ?ま、2、3日やらんでも、枯れないよな)
そう自分に言い聞かせて、眠りについた。

その後、忙しい状態が何日も続いた。和樹はほとんど毎日残業だった。

マンション、夜。
みどり、紅茶を飲みながら花を眺めている。
「あの人、ちゃんと花に水あげてるかしら」
椅子を立つみどり、突然めまいに襲われる。
「あらやだ、貧血?早く寝よ~っと」
みどりはあまり気にせずベッドに入った。

次の日の朝方、
みどりは異様な喉の渇きで目がさめる。
「あ~水!」洗面所にスタスタと走り、水をがぶがぶと飲む。
鏡に映った自分の首筋に赤い線を見る。
「あれ、なにかしら?・・・血だわ!」
自分の指先にも血がついている。
(何?寝てる間に自分の首をかきむしった?)
首のキズは、確かに自分の爪でひっかいた跡のようだった。

社員宿舎、和樹。
(今日も残業かぁ~)玄関を出てカギを閉める。
駆け出す和樹。
ひっそりとした部屋に取り残されてる鉢植えの花。

夕方。
みどり、買い物の帰り道。
「あ、また、めまいが・・・」ふらふらとしながら車道によろけるみどり。
ブー!
車のクラクション
みどりはそのまま気を失った。

病院。
点滴を受けてるみどり。みどりは天井をみながら、ぼーっとしている。
その顔を覗きこむ院長。
「あ、あのね、脱水症状と栄養失調だね。あまり無理しないように。しかし、2,3日は入院が必要だね」
みどり、ぼーっとしている。

第5話 水が欲しい

夜、社員宿舎。
暗い部屋。和樹帰宅する。
「あ~疲れた」冷蔵庫を空け、缶ビールを取り出しガブッと飲み干す。
「ふ~ぅ」そのままベッドに入り寝てしまう。

病院。
集中治療室。血圧計を見てる看護師。呼吸器をつけられてベッドに横たわるみどり。
点滴のポタポタが異様に速い。
医師(脱水症状もひどくなってきた、 いったいなんなんだ、この病状は・・)

翌朝、会社。
ブルブルブル…、携帯に電話がかかってきた」。
「もしもし、え、はい、そうですが・・えっ!・・はい、はい、わかりました」
和樹、けわしい顔で会社を出る。

山の風。
一面の花畑。風になびく草花。
雲まで手が届きそう。見渡せばふもとまで視界が広がっている。
雲の影が勢い良く迫ってくる。
足元の草。ざわざわと・・
見る見るうちに枯れていく。
一瞬にして花畑が茶色く染まる、視界が徐々に暗くなる。
「ひっ!」びくっとするみどり。
集中治療室。みどりは幻覚にうなされていた。

病院の前、タクシーがつんのめって止まる。
小走りに和樹、病院に入る。

第6話 今夜が山場

午後、待合室。
ソファーにかけている和樹。
不自然な沈黙が数秒・・。
院長「今夜が山場になるかも、しれません・・」
和樹「そ、そんな、そんなにひどかったんですか!」
宙を見つめる和樹。

夜、集中治療室。
「は、な・・花・・」みどりがうなされていた。
看護師が院長にむかって言った。
「さきほどから、花?とかしゃべり続けています!」
和樹がそばに近づく。
「みどり、しっかり・・」
みどり「あ・・あなた・・」
和樹「なんだい?」
みどり「花に水・・水を・・」
和樹「こ、こんな時に・・・花のことはいいから、しっかりするんだ。俺がそばにいるからな」
みどり「は、花に・・・水」みどりは手を上げ何かをつかむような様子。
「もう会話はだめです」
看護師に引き離され、和樹は待合室に出された。

待合室。
静まり返ったそこで、和樹はみどりの言葉を思い出していた。
(花、花に水?なんのことだ、いったい?)
しばらく考えた。その時、和樹は思い出した。
社員宿舎の鉢植えの花!
しばらく水をやってない!

「これ、毎朝お水をあげてね、必ずよ!」みどりの顔。
「はいはい、花の女王様!」「なんですとぉ~!」笑う二人。

あの時の、
あの時の情景が浮かんだ。
「まさかな、そんな、それが原因・・?」
和樹の手や足がぶるぶると震え始めた。

「ちくしょう!」
そう言い放つと和樹は走り出した。

第7話 花に水を

タクシーに乗って1時間半、高速を降りた所で渋滞に巻き込まれた。
「運転手さん、ここで降ろしてください」
「良いんですか?ここからだと歩いて30分以上かかると思いますけど」
「良いんです。お釣りはいりません」
お金を渡してタクシーを降りる。

社員宿舎までの長い道のり。
長い長い道のり。
和樹は走った、息を切らして!
(くそっ、山歩きでなれてるんだ)立ち止まる。
(まだまだ!)自分に気合を入れる。
そして再び凄いペースで走り続けた。

社員宿舎。

暗い部屋。
鉢植えの花の影、小さい。

バタン!とドアが開き和樹が入ってくる。
はぁはぁ
「あっ!」
(こ、こんなに!)
和樹は花を見た。
花はしおれていた。
そして葉は小さくしぼんでいた。

見るも、
無残だった。

和樹は急いで鉢を両手で抱え、洗面台へ走った。
「おっ!」
つまづいて落っことす!ガシャ!鉢がわれた。

「うっ」みどり苦痛の声!
集中治療室。
看護師「脈拍、下がって来ました!」
院長「ご主人呼んできて!」
看護師「はい」
待合室には誰もいなかった。

パサパサの土をかき集める和樹。
食器棚から皿を取りだし土を入れ、花を横たえる。
蛇口をひねり、水を出す。
手を濡らし少しずつ水をぱらぱらと何回もかけた。
「ああ、頼む!」
手を濡らして、水をかける和樹。
何回もぱらぱらと花に水をかける和樹。
(ああ、許してくれ・・頼む!生きてくれ・・・)
涙が頬を伝わる。
(ああ、みどり、俺の好きなみどり・・)
涙がとめどなく流れ、花を濡らした。

集中治療室。
看護師の目が大きくなる。
脈拍回復です!意識が戻ったようです!
看護師が叫ぶ。

(奇跡だ)

誰もがそう思った。
計器類の数値があと少しで正常を示すところだ。

みどりの額に汗が吹き出ている。
院長「よし、峠は越えたようだ。治療を続ける」

第8話 思い出の山

山の風。
広く青い空。
草原のコントラスト。

1年後、
和樹とみどりはあの思い出の山にいた。
みどり「また来れたわね、この景色に」
和樹「ああ」
やさしい風、2人を包む。

ヒュー
ふと、
見渡す限りの草花が、いっせいに揺れた。

みどりは思わず、挨拶を返すように、
草花たちに笑顔で手を振っていた。



あとがき

読んでくださりありがとうございます。
この短編小説は2000年代初めに、iモードのサイトに公開していたのを加筆修正したものです。
オムニバス短編小説4部作「犬」「虫」「花」「星」のうちの第3部「花」です。

花と人間の命がリンクしているかのような物語。
花に心があるかどうかはわかりませんが、命はあります。
大切にしているものには魂が宿る、とも言われているようです。
この4部作の短編小説は全てフィクションです、実在のものとは関係がありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?