【連載小説】たましいのみなと vol.5

この家に越してきた時、まだ幼い私に、祖父は言った。

「この家にはな、歴史が刻まれているんだ。家族ひとりひとり、それぞれの歴史だ。これからは、お前の歴史もここに刻まれる」

その意味も分からないで首を傾げる私に、祖父は笑っていた。

私の目線までしゃがみ、眩しい夏の太陽を背に受けて祖父は言った。

「これからはな、平和の時代が来るぞ。希望の光はあちこちで輝くし、色んなかたちの愛が広がっていくだろうな。その反面、今までこの世には無かった不安や恐怖が、空を覆う日もあるかもしれん。」

目がくらむほどの日差しを浴びながら、私には祖父の言っていることが少しも想像できなかった。

不安や恐怖が空を覆う日。

そんな日が来るのだろうか、と。

「でもな、この家に帰ってくれば、どんなに恐ろしい不安や恐怖の雨風だって凌げる。すごいだろ。だからお前も、安心してここに帰ってこいよ。」

ニカッと笑顔を見せる祖父は満足そうだったけれど、その時の私は、「安心」という言葉を心から信じられなかった。

何も答えられないでいる私に、祖父は胸を張って言った。

「愛だよ。俺の愛はな、お天道様と同じくらい、まぶしいくらい明るくて、あったかいんだ。俺は死ぬまで、いや、そのうち死んじまっても、めいっぱいお前たち家族を愛してるからな」

愛してる、と。

私は生まれて初めて、人からその言葉を言われ、地面がぐらつくようなえも言われぬ衝動を感じた。


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