鎖骨で寿司を握る

M-1グランプリの敗者復活戦を見た。ハライチ、アルコ&ピース、オズワルド。YouTubeて好きな芸人だけ拾ってみる。今年は、公式が動画をあげてくれて、仕事をしていた私にとっては、大変嬉しい事だった。

お笑いは好きだけど、自分から意欲的に求めに行ったり、劇場に足を運ぶことも無い。それでもアルコ&ピースは毎週ラジオを聞き、ハライチは、岩井さんのエッセイが出版された時、サイン本を求め都内を奔走したりする程度には好きだ。

オズワルドは、昨年のM-1から気になりはじめたコンビで、最近テレビのバラエティで見る機会も多い。伊藤さんのワードが、的確で言葉数少ないツッコミに、ついクスッときてしまう。
『俺の口に雑魚寿司を詰めるな。』
2020年のM-1でのツッコミが、未だに忘れることができない。いなり、干瓢、鉄火巻き。口には出さないが、見かけるたびに『あ、雑魚寿司だ』と思っていた。

三組を見終わったあと、敗者復活戦のヨネダ2000の動画がおすすめされた。初めて聞くコンビ名だ。女性2人の結成1年のコンビらしい。
なんとなしに、動画を再生するとめちゃくちゃ笑ってしまった。決勝のネタ含め、今年一面白かった。

寿司屋のネタだった。YMCAに合わせて寿司を握る。これだけだ。
YMCAの腕の動きに合わせて、ネタとシャリをセットし、握り、客席に提供まで行う。ネタ中の言葉を借りれば『ビューティフルライン』だ。私の貧相なボギャブラリーで、あのネタを説明することは到底出来ない。是非動画で検索して見てほしい。腹筋がとれそうになる。

本題はここからだ。
人間の体は、ヨネダ2000のネタから分かるように、使いようによっては、無限の可能性を秘めている。
私は寿司が好きだ。2週間周期で、突発的に寿司が食べたくなり、近所に買いに行く。安いとか高いとか、関係なしに好きだ。鮨のフォルムも好きだ。食品サンプルのマグロ握りをテレビの前に置いている。
しかし、私には寿司を握る技術はない。
私もどうにかして、自分の体を駆使し、効率的に寿司を握れないだろうか。それができたら、食べたい時に好きなだけ、寿司を作れる。ネタも選び放題だ。
私はかつてないほど、人間の体について考えた。

脇はダメだ。不衛生だ。
膝裏もダメだ。ここも汚い。
人間の関節の裏側は、なんだか憚られるな。

いくら考えてもYMCAしか人間の体で、寿司は握れそうにない。しかし、想像を超えていくのがクリエイターだ。料理はクリエイトなのだから。

人類史上最大の悩みを抱えて、サウナに向かう。じっくり入って考えよう。
フィンランド式サウナは、今日も平等に人々を温める。善人も悪人も関係ない。サウナで卵を温めひよこが生まれるかはわからないが、サウナはアイデアを生む。仕事で悩んだ時、幾度となく助けられた。

サウナに入ると、心做しか体が絞られる気がする。水分が抜け、体全体が濃縮される様だ。ふっと鎖骨に水が溜まっているのに気がついた。体脂肪率24%のギリギリで標準体型を保ちつつ、肥満まであと一押しのだらしない体その鎖骨に水が溜まっている。

そうだ、これだ。鎖骨で寿司を握ればいい。鎖骨の溝にシャリを乗せて、ネタを上からギュッと指で握る。完璧に同じ形のシャリができるぞ!人造コピーアンドペーストだ!
しかし、体脂肪24%ではシャリが少なくなる。寿司は、シャリとネタのバランスが命だ。多くても少なくてもダメだ。
助っ人を雇うなら体脂肪率が限りなく低いアスリートに頼もう。私より、鎖骨の窪みは深いだろう。ダメなら男性アイドルだ。しかし、ムキムキの男性の鎖骨で握られた寿司は、果たして美味いのだろうか。
そうだ。男性アイドルにしよう。これで女性陣はメロメロだ。サウナと同じで、寿司は人類に皆平等なのだ。

アイドルは首の辺りに手を置いて写真を撮る。オフショットでよく見るポーズだ。シャリとネタをセットし、カメラを向ける。そうすると、条件反射で首の辺りに手を置く。握れる。

想像してほしい。
私の彼はアイドルだ。まだ売れていないけど、この前、ナタリーに取り上げられていた。彼がこの仕事をする前から、私たちは付き合っていた。レンタルビデオ屋のバイトで知り合い、映画の趣味がばっちりあった。お互いの昔の恋人の話も知っている。不器用だけど、彼の優しさに私は惚れてしまった。
アイドルという職業は、恋愛ごとがバレると大変だ。外に行くときは手を握らない。一定の距離をおいて、基本的に人混みは避ける。思いつきで提案した自炊デートは、周りの目も気にせず、2人の時間が過ごせる。自炊デートがいつの間にか根付いてしまった。
美味しい和食。一緒に鍋をつついたり、たまにはピザを宅配したり。今日は彼が、私にとっておきの料理を振る舞いたいと言ってきた。

『ちょっと、今日は気合い入れて作るよ。』

スーパーのカゴに入る、マグロ、サーモン、エビ。どうやらお寿司らしい。彼は、私に内緒で、握る練習をしてきたらしい。嬉しい。

彼のお家にお邪魔して、キッチンに立つ。彼は手際よく酢飯を用意していく。普段は子供っぽい彼が、真剣にうちわを仰いでいた。普段大人っぽい彼が、なんだか楽しそうに酢飯を仰いでいた。

『ではまず一貫目から!』

私はエビを頼んだ。彼は微笑む。私は、可愛い表情を残したくて、カメラを構えた。
シャリを適量手に乗せ、鎖骨に押し込む。そこにエビを乗せて成形。
綺麗なエビの握りを私に『どうぞ』と渡しながら、彼は微笑んだ。

『今日のために、体絞ってきたんだ』

私に、お寿司を食べさせるためにそんなことをしていてくれたなんて。

愛は時に盲目だ。行動そのものと、その背景を感じ、相手のことをより愛おしく思う。
極め付けはこうだ。

『これが、君への愛の形だよ』
『なによこれ?私のこと、マグロだって言いたいわけ?』
『ふふ、そんなに怒らないでくれ。僕の白魚ちゃん。』

勝った。これは勝ちました。

普段真面目な彼が、彼女にだけ見せるお茶目なところと、気が許せるが故の軽い下ネタ。それを引かずに、笑って返す。なんてアットホームなんだろう。

ここまで考えたところで、水風呂に入って頭を冷やす。少し楽しくなりすぎてヒートアップしてしまった。
こんなことやって、プライベートがバレたら、世間から笑われてしまいますね。それに食中毒が出てしまうかもしれません。

まさに、一巻(一貫)の終わりってね。

お寿司だけに。

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