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酔いどれ雑記 114 海の向こうのそのまた向こう

19歳の頃、海外ペンパルをやっていて世界中から手紙が届きましたが、ある日突然、海の向こうから送られてきたのは......。

アメリカの切手が貼られたごく普通の茶封筒には '~PRISON' と赤いスタンプが何か所も押されていました。え、刑務所から......?そうです、囚人からペンパル希望の手紙が届いたのです。娯楽室に置いてある雑誌に私の文通希望の記事が載っていたようで、それを見て手紙を出したとのこと。そして私は最大、同時に3人の囚人と文通をしていました。カリフォルニアから2人、フィラデルフィアから1人。いずれも黒人の男性でした。数か月にいっぺん写真を撮ってもらえるそうで、ポラロイド写真が同封されていることもありました。もちろん手紙の中身は検閲されます。向こうから送られてくるものもこちらからのも。その3人が何の罪で収監されていたのかは詳しくは知りません。別に知る必要もなかったですし。他の、囚人ではない人達とやりとりするのと同じように......少なくとも私は区別せず同じような気持ちで文通をしていました。

私は今までに刑務所や少年院等に収監されたことはありませんが、彼らが外とつながりを持つということが大事だということは分かっているつもりです。文通はその一環で、おそらく刑務所側でも推奨しているのだと思います。当時はネットはあった気がしますが一般的ではなかったですし、新しい情報を得るのは主に雑誌やテレビ、そんな時代でした。海の向こうにいる、塀の向こう側にいる人が書く「日常」が綴られた手紙。「BGMはR・ケリー」などと書いてあるところを見ると、自由に音楽が聴けるのか、それともたまたま娯楽室でかかっていたのかなぁなどと想像しながら返事を書いていました。

それから自然消滅というか、こちらも怒涛の日々を送っていましたので、彼らに手紙を段々と書かなくなってしまいましたが、その時のことをふと思い出してかなり前に(アメリカの)囚人と文通できるようなサイトがあるかどうか調べたら簡単に出てきました。かなり大規模な組織が運営しているようで、そこには囚人の本名、顔写真、年齢の他、性的志向、宗教、そして収監先、罪状、いつ釈放予定(当然、終身刑の人や死刑の人もいます)か、あとは趣味やどんな人と文通をしたいかなど自己紹介が詳しく掲載されています。そのとき、とても気になる人を見つけました。19歳の頃に文通した人たちとは何の関係もありません。けれどとにかくこの人に手紙を書きたいな、と思ったのです。そして初めの手紙はなんて書いたらいいのかな、写真は送ろうかなと考えつつ、そのサイトの規約や注意書きを読んでいたら、囚人との文通を希望する方へ、というページに「精神が健康であること。まずあなたが健全でなければ、人を励ましたり救ったりは出来ません。まずあなた自身を救ってください。健康になったならばその時はぜひまたこのサイトを訪れ、囚人たちに手紙を送ってください」という内容のことが書いてありました。私は尤もだと納得し、手紙を送るのをやめました。

そして数年後、なんとなくそのサイトのことを思い出してその彼を探しました。まだわたくし、全然健全とはいえなかったのですがーー彼はサイトから消えていました。元交際相手の女性を射殺して終身刑だったはず......。もうペンパルは募集していないのか、それとも......?彼が犯罪を犯した州の犯罪者リストからも名前が消えており(そうです。彼の名前をはっきり覚えていたのです)、なんだか妙にさみしい気持ちになってしまいました。異常ですかね、こんなの。別にずっとその彼が気になってたまらない!と思っていたわけでは全然なかったのですが。何故かとても惹かれたんですよね、詩人みたいな文章を書く人で............。私が健全になることはなさそうだから、永遠に彼に出会えることはないでしょう。けれど、どこに行ったら彼に会えるの?と時々思ってしまうのです。