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5年前 <5>

手術前日の午前10時に入院手続きをした。ああ、明日の今頃は手術中か……。

病室に案内された。4人部屋だが「え、ここはホテルですか!?」ってくらい綺麗だった。鍵付きのロッカー、洗面所にトイレもある。まぁ、これまでに何度か足を踏み入れた外来やその他の場所も陰気な雰囲気は皆無で、開放的だってことは知っていたけど。

私のベッドは廊下側だったが小さい窓がある。よく考えられた造りだなと思った。昼食の直前だったがひっきりなしに看護師、薬剤師たちがやってきては明日以降の段取りなどを説明していった。手術は明日朝一の午前8時半からで、今日の夕食以降は絶食、飲み物は経口補水液のみ明日の朝5時までなら飲んでもいい、売店で今日中に術後必要になるジェットウォッシャー(歯磨きが出来ないので水圧で口内の汚れを洗浄する機械)の先端部分と手術の時に穿くT字帯(ふんどしみたいなやつね)、流動食を流し込むのに必要な油差しみたいなやつを4つ買っておくこと……etc。

入院や手術に必要な書類を書き込んでるうちに昼食が運ばれてきた。白米、味噌汁、鯛を焼いたもの、サラダにオレンジジュース。病院食というものを初めて食べたが(入院するのはこれが初めてだった)かなり美味しかったし、これからしばらく流動食生活だと思うと余計にありがたかった。ああ、明日は麻酔で寝てるから今日の夕食以降食事にありつけるのは明後日のお昼か……。

昼ご飯を平らげた後は術中に世話になる麻酔医との打ち合わせ。アレルギーはないか、ペースメーカーなどの取り外し不可能なものを装着してないか、刺青入ってないかとか訊かれ、術中何かあった時は麻酔医の判断に委ねますという書類にサインをした。

その後はレントゲンを撮ってから売店に行って必要なものを購入して、しばらく病棟を探索した。ガラス張りの広いラウンジは陽が照っていて冬真っ盛りなのに明るく暖かかったし外来と同様に開放的な雰囲気だったから席について売店で買ってきたポカリを飲みながら窓の外を眺めてボーっとした。

病室に戻ろうとするとエレベーターの近くで看護師らしき人が
「南さんですか!?探しましたよ。病室に何度かお邪魔したんですけど……。渡部先生から外来に呼ばれていますよ!矯正歯科から受け取ったものを持参して今すぐ行って下さい!」と話しかけてきたので慌てて病室に戻り外来に向かった。

「遅くなり申し訳ありません」と診察室に入ると先生はいつもの調子でニコニコしていた。
矯正歯科から渡された術中に使う装置を差し出すと
「そうそう、これこれ。これがないとね」とさっき撮ったレントゲンを見ながら先生が書類にサインをしている。
術中、術後、拘束の必要があればそのようにして構いません、輸血が必要なら……云々と書かれたその書類に私は「すべて同意する」にチェックを入れサインをした。手術の所要時間、約10時間と書かれているーーああ、やっぱり大手術なんだよなぁ。
術前最後になる写真を色んな角度から撮影し、席を立つと
「じゃぁ、明日またお会いしましょう」と先生。
ーー先生にとっては私は患者の一人に過ぎないし、何十年も同じ手術をしているけれども私にとっては一生に一度の経験だ。

エレベーターに乗って病室に戻ると夕飯の配膳が始まっていた。最後の晩餐。
明日の今頃は手術が終わってICUのベッドで麻酔で眠っているはずだ。顎のずれが治っていて、目が覚めたら明後日の午前中だ。