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酔いどれ雑記 66 日本一の酒


都会の片隅、デパートの中にあって外にある、暗がりに並べられた椅子。今日も学校には行かない。からくり時計がメロディを奏でてる......9時か。今日はどうしよう。地下街が開くまではあと1時間ある。けれど店が開いたからって行くところなんかない。ああ、みじめだ。ちょっと早いけれど弁当でも食べようか。例の人は私が学校に行っているものだと思っているだろう。いや、そんなこと考えてもいないか。

冷凍食品と出来合いのものばかりが入った弁当。見た目だけはきれいだ。ご飯に髪の毛が入っている。いつものことだ。弁当なんて持たせてくれなくていいのに。なるべくなにも考えず唐揚げだの、チーズだのを食べる。出来るだけゆっくり食べよう。移動するのも面倒だし、ここにいる理由が何かほしい。朝から女の学生がこんなところにいる真っ当なわけが。バスを待ってる風のスーツ姿の人や酒を飲んでるおじさんたちの中で私は異様な存在だ。ああ、何も考えたくない。私の将来は暗い。あとひと月もすればここに来ることはもうないだろう。もう学校には行かない、行かれないから。

「おねえちゃん、弁当うまい?」酒を飲んでるホームレスらしきおじさん2人組が隣へきてニコニコと声を掛けてきた。どうしよう、私、弁当なんて食べていていいのかな。おじさんにおかずを分けた方がいいのかな......

「ああ、いいのいいの。弁当食ってな」心の中を見透かされたようで恥ずかしかった。
「ねえちゃんは学生か?そうかそうか。俺、こんなんだけど本読むんだよ、ほら」おじさんの一人がズボンのポケットから県立図書館のカードを取り出して見せた。
「あ、私も持ってます」
「おお、おそろいだな、ペアルックだ、ハハハ!」

「ねえちゃんも飲むか?」おじさんはお酒の瓶を差し出した。
「いえ、私は飲めないんです、すみません」
「そうかぁ、だったらしゃーねぇやな。でもこれ、一番いい酒なんだよ、日本で一番いい酒、これ、本当だから」

おじさんたちはなんで私がこんなところで一人で弁当を食べてるのか訊きやしない。なんでこんなところにいるのかなんて。ああ、私もお酒が飲めたらなぁ。でもおじさんが話しかけてくれたおかげで、私はここにいる理由が出来たよ。けど、これからどうしよう?今日の午後も明日も分からない。1年後も10年後も想像がつかない。弁当は空になった。

「年齢確認のため画面のタッチをお願いします」
あれから20年以上経ったけれど、日本で一番いい酒は今もコンビニにある。乾杯。