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【ファンタジー小説】ささくれ巨人と七芒星の魔導士 ⑭

第十四話 幽鬼

 ドルイエが細い息の間で囁くように答えた。

「いる……」

 ならば、やるべきことをやるだけだ。
 俺は旋刃棍ギムファーを袖口から出し、洞窟の奥へ向かおうとした。

「奴は……恐らく瞑想状態で巨人に憑依している……気づかれぬように近づき……隙をついて息の根を止めろ……」

 魔導士は印を結び、自分の体に治癒術式を施し始めた。

「少し遅れるが……わしも後を追う……」

 無理するな……と声をかけようかとも思ったが、俺は黙って歩き出した。
 過去の因縁は忘れるつもりとはいえ、彼を許したと思われたくもなかったのだ。
 だが、この後は?
 俺にドルイエの償いを求める権利はあるのだろうか?
 呪詛王戦役での戦果に比べれば、俺や親父の被った不名誉など些細なことなのではないだろうか?
 理不尽な巡り合わせだ……

 後のことは、すべて終わってから考えよう。

 洞窟の奥から差し込んでいた微かな光は、次第に大きくなっていった。
 途中、いくつか横穴が開いていたが、それらには目もくれずに〈主〉の潜む光の元へ向かう。
 どれくらい歩いたか、やがて俺は大きくひらけた洞に出た。

 その奥に……一人の男が禅を組んで座っていた。

 禿げ上がった青白い頭に首からかけた数珠は、男が僧侶であることを示しているようだった。初老の僧侶はドルイエがいった通り、目をつぶって瞑想にふけったまま身じろぎもしない。俺が入って来たことにも気づいていないようだった。

 やれる……

 無抵抗の人間に手を下すのは気が引けたが、こいつがささくれ巨人そのものだと思えば、それもやむを得まい。そう自分を納得させ、俺はギムファーの刃で僧侶の喉を掻き切ろうと、静かに近づき……

 突然の背後からの殺気に総毛立った。

 とっさに振り返り、俺の頭を目掛けて振り下ろされた剣をギムファーで受ける。
 恐らく、横穴の一つから現れたのだろう襲撃者に蹴りを入れて大きく後退させる。
 襲撃者は再び剣を構えて俺と対峙した。

 そいつは幽鬼だった。
 いや、幽鬼を思わせる風貌の戦士だった。

 ぼうぼうに伸びた髪……灰色の肌……大きく落ち窪んだ眼窩にはうつろに淀んだ光が宿っている。
 身に付けた防具はボロボロで、唇がほとんどない半開きの口からは今にも苦悶の叫びが飛び出しそうだ。
 もしこいつが幽鬼ではなく人間ならば、相当長い年月に渡ってここでこうしていたに違いない。

 戦士が斬りかかったきた。
 再度、交差させたギムファーで剣を受け止め脇へ流そうとするが、思いの外強い力がそれを許さなかった。
 今度は蹴りを入れる隙もない。
 頭上で刃を防いだまま身動きできない俺に、幽鬼のごとき顔が迫ってきた。
 すえた匂いが鼻腔を刺激する。

 その時、唇のない口が意外な言葉を漏らした。

「……俺を殺してくれ」

 その顔には、言葉通りの懇願の表情が浮かんでいた。
 どういうことなのか……考える間もなく、俺の危機は大きくなった。

 座っていた僧侶が目を開け、禅を解いて立ち上がったのだ。

つづく

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