ファントムペイン | 短編小説

 ここはどこだろう。
 目が覚めて、最初に思ったのはそれだった。寝惚けた頭でぼんやりと、見知らぬ天井を眺める。
 次いで嗅覚が戻ってきた。きつい消毒液の臭い。まっしろで、殺風景な部屋。病院、だろうか、ここは。何故? ……怪我でもしたのだろうか、僕は。痛みなど、どこにもない、のに。
 そこまで考えたところで、重大な事実に気がついた。……床が、ない。殺風景だと思っていたそこは、本当にただの無、だった。どこまでいってもただ、白い空間。そのまんなかで、僕の体は宙に浮いている。
「……どういう、」
ことだろう。出てきた声は擦れていた。
 夢、だろうか。でもそれにしては、何か、妙な現実感のようなものがある。暑さも寒さも、痛みも、なにも感じないけれど、それはここが無であるからではないだろうか。僕の死にかけの脳みそが見せている幻? ……それが一番ありそうだけれど、そうであってほしいけれど。なんとなく、違う。本能がそう叫んでいた。
「隣、いいかい?」
 突然背後から話しかけられて、僕はぎょっとして体を跳ねさせた。寝ころんだままでぎこちなく頭を向けると、僕と同い年か、それよりすこし小さいぐらいの男の子が、ほほえみながら立っている。ちょっと、近い。
「ど、どうぞ?」
 僕がそう言うと、彼は危なげなく見えない床の上に腰を下ろした。それを見て、僕もおそるおそる体を起こしてみる。……よかった、動けた。これで体勢は大分楽になった。それから僕は、彼に話を聞こうと口を開いた。
「あの、君は……」
 後半は言葉にならなかった。つ、と肩甲骨をなぞられて、僕の口からは声にならない悲鳴が漏れた。強烈な感覚が僕を襲ってきて、息もままならなくなる。
 苦しい。
 くるしい。
「……痛い?」
 僕の呼吸が比較的落ち着いてきたのを見計らって、彼が声をかけてきた。
 いたい、とは何だったか。
 霞む思考回路で考える。
 彼は答えを期待してはいなかったようで、構わず続ける。
「肩甲骨は翼の名残って知ってる?」
 いたずらに成功した子どものような口調だった。残酷な手が、再び僕の背中に伸びる。瞬間、裂かれるような痛み。
 そうか、これが痛み、だった。
「……きみはほかのひとよりずっと天使に近いから」
 ぜえぜえと息を荒げる僕を見下ろしながら、彼は独り言のように言った。
 すこし、悲しそうにも見えた。
「死なれると困るんだ」
「……君は、」
 なにものなの。
 もう、それだけの声も出なかった。そんな僕を見て、彼は猫みたいに笑った。
「生きてかえれば教えてあげる。……ヒトの体は脆いから、無理かもしれないけどね」
 そこで、僕の意識は途切れた。

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ファントムペイン(Phantom pain)
幻肢痛。切断した四肢などの感覚や痛みを感じること。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

リアル中二のときにふと「中二病っぽい単語を集めてみよう」と思い立ってこの単語を見つけて以来ずっと使用する機会を窺っていたタイトルです。いや実際幻肢痛を患っている方々からすれば「なにが中二病じゃい!」って感じでしょうけど……。昔、辞書を読むのが好きでした。そのわりに語彙力薄いんですけどね。ひさしぶりに読みたいなあ。

サポート……お金もらえるの……ひええ って感じなんですがもしサポートしたい方がいらっしゃればとてもありがたく思います👼 貯まったら同人誌とか自費出版とか、本として形にすることを考えようかと思います。