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羽をもがれた妖精は復讐を謡う-過去編

 師匠は赤ワインが注がれたグラフを回した。テーブルには燻製にされたチーズが置かれている。
「安物だけど、安心して飲める方が断然いい」
そう言って、美味しそうにワインを口に含んだ。その様子に、私は荒天に着いた日の事を思い出す。
 あの日、師匠は「名産品でも飲むか」と、部屋でボトルを開けた。そして開封早々に顔を顰め、少し口に含むとーーー吐き出したのだ。そして悪態を吐きながら、折角買ったワインをその場で流す。
「名産品?酸化防止剤無添加?巫山戯るな」
そう呟くと、私に翌日ワイナリーを見て来るよう言ったのだった。
ちなみに現在飲んでいるのは、火炎の国のスーパーで買ったパックワインである。
 私はおずおずと聞いた。
「荒天で造られたワインには、鉛が含まれていたのですか?」
「あぁ、正確には酢酸鉛な」
ワイナリーでナギが見つけた、加熱用のタンク。アレの内部には酸化防止として鉛がコーティングされており、鉛が果汁と反応して出来た酢酸鉛が溶け込んでいたのである。
「酢酸鉛は昔、甘味料として使われていたくらい甘い。それによって、ワインの味が良くなったんだ」
ただし鉛は人体に有毒だ。
「おそらく、当主の発狂は鉛中毒が原因だ」
鉛中毒の典型的な症状としては、人格の変化、感覚の消失、歩行協調障害、嘔吐、骨や関節の痛みが列挙される。
初代、二代目はまともだった事、そして現当主から今の工程になった事。その二つを考慮すれば、鉛中毒になっている可能性は高い。
故に、師匠は「毛髪の提出」を要求したのだった。
私は空いた師匠のグラスに、ワインを注ぐ。
注がれるワインを見つめながら、師匠は呟いた。
「ワインに使われる酸化防止剤、亜硫酸塩は実はどんなワインにも含まれている」
「え、そうなんですか?」
私は目を丸くした。よく「酸化防止剤(亜硫酸塩)無添加」と記載されている物を見かけるのだが。
師匠は「発酵時に副産物として出来るんだ」とグラスに口を付けた。
「だから"無添加"と表示は出来るが、"含有していない"とは言えないんだ」
出来る事は出来るのだが、金やら手間がかかってる為、行わないのが普通である。
「それより、荒天は今後が問題だな」
既に出荷された物の回収、そして暴露者への補償など、荒天はこれから大変な事になるだろう。だが、そこまで面倒を見る義理はない。
師匠は上機嫌で「これで暫くは面倒事は押し付けられないだろう」と言った。そしてついでの様に
「ちゃんとレポート書けよ」
と、私に釘を刺した。私は「うっ」と嘆く。
「今回、お前の知識不足が目立ったからな。ちゃんと調べるんだぞ」
そう言うと、師匠は高笑いを上げたのだった。


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