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淫乱に生きている

父の一周忌の前倒し法要を終えて、北海道から戻ってきた。
10日ぶりの東京。

昨日のフライトは、私が過去旭川空港で発着したどのフライトよりも、大雪山連邦と十勝岳連邦が綺麗に見えて、喉の奥を掴まれた感じがした。

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今回は、コロナ下の帰省だったので、10日間、親以外の誰とも会わなかった。

食べて書いて、お昼寝して、1日に3回くらいお風呂に入って、お酒もほとんど飲まず、夜になったら嵐のアーカイブ動画を40時間くらい見て、それ以外の夜は、パズルをして過ごした。
外は氷点下20度とかになっているけれど、窓はすべて三重窓だし、ペチカの熱でどの部屋もあたたかい。


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打ち合わせも、取材も、登壇も、すべて実家の和室で済ませた。
さすがに急なテレビ出演だけは断ったけれど、それ以外は、何ひとつ不自由なかった。

ときどき仕事に飽きると、窓を開けて、冷たいというよりは痛いほどの外気を取り込む。
両親は二人とも山が好きで、だからこの土地に家を建てた。窓を開けると、旭岳がくっきり見える。

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毎日すっぴんで、ジェラピケのルームウェアで書いていると、原稿が緩んでくるのがわかる。
ネジがしまらない。
書きたい気持ちも、ぽろぽろとこぼれていく。
無理して書くこともないか、という気持ちになる。
そもそも、わたし、書きたいんだっけ? とさえ思った。

書きたいんだっけ?
という問いは
生きたいんだっけ?
という問いに重なる。

あれ? わたし、何がしたいんだっけ?
ねっとり弛緩した時間の中で、命を少しずつ溶かし出していく。
それじゃ、ダメなんだっけ? 
このゆるやかな流れに、たぷっと体をまかせて、命を使っていっちゃダメなんだっけ?

そんなことを想っていた。


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年末に、山口周さんの『ビジネスの未来』を読んでからずっと考えているんだけど、

というか、この一年くらい取り組んできたことをズバリ明確に言語化された気持ちだったんだけど

この先は、やりたくて仕方ないことだけをやって、書きたくて仕方ないことだけを書いて、それで世の中が1ミリくらい温かくなったり、優しくなったらいいなあと思って生きていきたい。お金になるかどうかは、あまり気にしないでやっていきたい。

だけどそのためには、支出をミニマムにして、収入が少なくても生きていけるようにしなきゃなあって思ってた。
支出が少なければ、好きなことにとことん時間を使って生きていける。


そう考えていたのもあって、しばらく田舎暮らしをしてみたのだけれど……

なんかちょっと、思っていたのと違った。


欲の少ない生活の中に身を置いてみると
書きたいとか
書かなきゃという
欲も、一緒に薄れていったのだ。
インディゴがアイスブルーになったくらい
ショッキングピンクが桜色になったくらい
欲望の彩度が落ちた。

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これはあくまで、私の場合、だけれど

東京にいると、時間と対決するように生きてる気がする。
鮭の産卵のように、川の流れに逆らって、上に上に泳ぎつこうとしている気がする。
時間が過ぎるのが早い。お金が飛んでいくのも早い。

忙しくて慌ただしくて、がちゃがちゃとせわしなくて、落ち着く暇もなくて、
やりたいことがいっぱいあって、時間が足りなくて、
仕事も楽しいし友達と会うのも楽しいし、美味しいお店がいっぱいあって、観たい舞台も映画も展示もあって、あれもこれもと淫乱のように欲しがって、
毎日が、祭りだ。
そこに、ていねいな生活など、ない。

だけど、そんな淫乱な毎日に身体を触られこすられして、脳を揉まれしだかれたりして、書きたいことがあふれでてくる。
点と点がつながって、ボンっと爆発して、その火薬の匂いみたいなものが消える前に、書きたくて仕方なくて、書く。
その衝動みたいなものは、文字通り、いつも摩擦から生まれるのだ。

羽田空港に降りて、家に戻るまでの間、ここ数日の予定を頭の中でシミュレーションする。

向田邦子展には滑り込めるかな、いや、やっぱ無理だな。
美術館まで行って急用で呼び戻された石岡瑛子展。これは、絶対逃したくない。今週中に行こう。
連載の本も決めなきゃ。
そろそろ自著の内容を詰める。編集さんに連絡しよう。

そんなことを考え出すと、それまで、あんなに時間があったのに思いつかなかった、新刊のタイトル案や、コラムの書き出しが、次々と降ってくる。
ぱらぱらと降ってくるアイデアを、取りこぼさないように、メモする。
家に着くと、宅配ボックスには、東京を出る前に注文した書籍やら仕事用の事務用品やらが、たくさん届いていた。

人に会う約束があるので、メイクをする。
冷たいシャツに腕を通すと、背筋が伸びる。
久しぶりに浴びるように飲んで、酔った。
泥のように眠り、早朝、ロケに向かう。
家に届いていた書籍を読む。
こすり、こすられ、その摩擦熱に欲情する。

東京に、戻ってきたなあと、思う。

淫乱な生活がまた始まる。


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