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写っていると信じてた

15年前、私がライターになってすぐの頃。その頃の撮影は、デジタルカメラなんてなかったから、みんなフィルムで撮影をしていた。

フィルムで撮影するということは、ファインダーを覗けるのはカメラマンさんだけってことで、私たち編集やライターや美容師さんたちは「ちゃんと写っているはず」を信じるしかなかった。そして、カメラマンさんの真後ろにへばりつくようにして、毛束が目にかかっていないか、首元に変な空間が空いてしまっていないかを、それこそ息をとめるくらいの集中力で「想像して」、撮影をしていました。


ヘアデザインをチェックできるのは、ポラを切ったときの1枚だけ。それだって、ポラをめくるまでに1分以上待たなきゃいけなくて、のちにポラをあたためて30秒でめくることができる機材ができたときは、みんなで喜びあったものなのです。

ポラって、1枚数百円みたいな結構いい値段するんですよ。だから何度もポラを切ってヘアデザインを確認しなきゃいけないなんて「下手」のやることで、上手い美容師さんは、ポラを見て一瞬でどこを直すべきかを見極めてささっと髪を直していた。


もちろん、フィルム自体も無限に撮影したら莫大なお金がかかるから、1人のモデルさんあたり、撮影できるのはせいぜい多くて50枚。その50枚のうちに、誌面に掲載できるに耐えうる1枚が「写っている」ことを信じるためには、カメラマンさんがシャッターを切り始める前に、全部「決まっている」ことが大事だった。


今みたいに、モニターを見ながら、いつでも直しに入れる。何度でもやり直しがきく。気に入ったスタイルが撮れるまで何度も何度も撮れる時代ではなかったんですよね。


撮影が終わったら、カメラマンさんから「ポジ」があがってきます。それを写台と言われるライトボックスの上で見る作業が、私は、すべての作業の中で一番好きだったなあ。

「あ、やっぱ可愛く撮れてた!!!」とか「くっそー、あの髪、やっぱちゃんと直しておけばよかった」とか、「あれ? 思ったより質感が出てない」とか「ハイライト、写ってないやんけーーー!」とか。いちいち嬉しかったり、悔しかったりするから、写真セレクトの日は心拍数があっちいったり、こっちいったりする。

「撮れているはず」だった写真と「実際に撮れた」写真のギャップに一喜一憂してきた、その繰り返しが、私の撮影ディレクションの姿勢を作ったと思っている。カメラマンさんがカメラを構えただけで、その髪型がどう写るかがわかるようになったのは、私が「フィルム時代を経験したライター」だったからだと思います。

デジタルカメラでの撮影が主流になったいまでは、モニターを見て「ここを直しましょう」「もう少しボリュームを出しましょうか」などと、美容師さんとコミュニケーションするけれど、でも本当はいまでも、カメラマンさんの真後ろに立たせてもらったほうが、よっぽど「どう写ってるか」は見えるし、リアルタイムにポージングについて意見を言えるなあ、と思っています。


デジタル写真は、カメラから、モニターに画像が飛んでくる、そのタイムラグが長すぎる。フィルムだと、カメラマンさんがシャッター切った瞬間に、その髪型がどう映るかわかるから、即座に方向修正もできるんですよね。



そんなことを思い出したのは、青山のTOBICHI2で開催されている「星野道夫の100枚」展を見に行ったから。

星野さんの没後20年の特別展として、松屋銀座からスタートして、大阪の高島屋→京都高島屋→横浜高島屋と巡回する写真展の、こちらはスピンオフ企画とでもいうべき特別展。

TOBICHI2では、松屋や高島屋で展示された作品の「ポジ」を「ルーペ」で見るという、ほぼ日さんらしいというか、ほぼ日さんならではというか、そういう企画です。


大きな写台に並べられたポジ、35mmのサイズのもの。それを、1枚1枚、ルーペでのぞきこむ、あの感じ。すっごく懐かしかった。

アラスカの大地でカメラを構えて、じっと被写体をのぞいていた星野さんは、多くのシャッターを切るタイプじゃなかったそうです。

ここぞというときにシャッターを押し、そして「写っているはず」を信じて、多分、数日後、数週間後に、自分の拠点に戻って現像するわけで。


現像があがってくるまでは、何が撮れているか、本当に撮れているかは、本人にもわからない部分もあったのだろうな。


私が好きな写真はこれ。これ、ルーペを通して見ると、熊さんとお魚さんが完全にばっちり目があってるんですよ。

お魚さんは「げ、なんで、よりによってこんな場所に顔出しちゃったかなあ・・・」って顔してます。この諦観の表情は、実際の写真を見るよりも、ポジを見たほうがよく伝わってきた。


新しい発見のある展示だと思います。9月19日(月)までなので、あと1日。まだの方は、ぜひ、ポジを覗く体験、してみてください。

星野道夫の100枚展


それから、これはまた別の話ですが、この展示に先駆けて公開された

なんでもない日の、星野道夫さんのこと

は、私がいま日本で一番気になって仕方がない書き手の方が書かれた文章です。最後の一行を読んだ、5秒後に、ぶわーって鳥肌が立って、しばらく声が出なくなりました。

もしお時間あれば、ぜひこちらも読んでみてください。


んではまたです。ぐっばい。



『女の運命は髪で変わる』、17刷7万部となりました。台風で放送が延期にならなければ、20日の「あさイチ」さんで紹介されるそうです。





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