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【対談】地方で書いて稼ぐ。仲間と仕事を分け合う。家族との時間を優先する。これからのライターの働き方。

『書く仕事がしたい』(CCCメディアハウス)の発売を記念して、「書く仕事」にまつわるテーマについて、さまざまな方と対談させていただいています。今回のお相手は、京都で活躍されているエッセイスト兼ライターの江角悠子さん。
江角さんは通常の執筆業に加え、大学で「編集技術」という講座をもち、4カ月コースの「書くを仕事に!京都ライター塾」も主宰(6月から7期生募集スタート)しています。対談場所は古い京町屋 。知り合ったのはつい最近なのに、まるで長年の同志のように感じる江角さん。書くことの楽しさ、苦しさについて語り合いました。
原稿を書いてくださったのは、ライター仲間の堀香織さん。お手伝いしてくれたのは、さとゆみライター講座の1期生、いえちゃんこと、小倉陽子さんです。


地方で書いて生きていくこと──ライターはライバルのいない仕事


さとゆみ:
江角さんは大学からずっと京都にお住まいで、広告代理店や出版事業も手がける会社 で働かれたのち、29歳でフリーライターになったと聞きました。地方に住んで書くことの魅力、メリットはどういうところですか? 

江角:
私自身は京都でライターになってよかったと早い段階で思いました。というのも、京都は全国紙で必ず年に何度か特集が組まれるくらいブランド力がある地域なので、東京の編集者の方とも繋がりやすかったんです。

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さとゆみ:
どのようにお仕事を見つけたんですか?

江角:
ライターさんが主催のイベントに行って、偶然にも以前から憧れていたライターさんと出会い 、仕事を紹介してもらったのが大きいです。あと、全国紙の京都特集のクレジットは必ずチェックしていました。決まった方が一括で受注して複数人のライターがチームになって動くことが多いのですが、そこでお仕事を手伝わせてもらったことで、東京の編集部の方と出会えたことが次の依頼に繋がって。いつも名前を見ていたライターの方たちとも知り合って、さばききれないほど仕事を振ってもらえるようになりました。

さとゆみ:
よく、専門ジャンルがあると強みになりやすいと言うけれど、地域のタグがあるとどんな分野でも最初に思い出してもらえることが多いですよね。そう言えばあの人「京都」って言ってたよな、とか。

江角:
そうですよね。いまはオンラインツールが進化したので、地方在住でライターをすることが東京より不利ということはないように思います。特にコロナ以降はほとんどの打ち合わせがオンラインになったし、東京のライターが現地に行けなくなったことで地方のライターに依頼がくる案件もずいぶんと増えました。

さとゆみ:
ライターの友達同士でお互いに仕事を紹介し合うことはありますか?

江角:
あります。ライターの友達が増えたら仕事の取り合いになるんじゃないかと最初は思っていたんですけど、さとゆみさんも『書く仕事がしたい』に書かれていたように、友達になって仕事を分け合うほうがいいと気づいて。自分が得意ではないジャンルは友達に依頼したり、友達ができないものを自分が引き受けたり。結果、お互いに仕事が増えますよね。

さとゆみ:
ライターってお互いライバルになり得ない職業なんですよね。野球選手だったら試合にキャッチャーはひとりしか出られないから、絶対にポジションを勝ち取らなきゃいけない。よく私のライター講座の卒業生の方たちに「びっくりするぐらい赤裸々に教えてくれる」と言ってもらうのですが、ライバルではないのであれば、手の内を隠すこともない。

私も講座生の方に、自分が受けきれない仕事をお願いすることがあるんです。ライターの人数より仕事のほうが何十倍も多いのだから、いろんな分野で書いているライター同士、仕事を融通し合うほうがエコシステムですよね。『書く仕事がしたい』は、そうやってもっともっとライター同士繋がりたくて書いたところもあります。

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赤字は人格否定ではないし、直したほうが9割よくなる

江角:
さとゆみさんは『書く仕事がしたい』に「赤字は人格否定ではない」と書かれていますよね。心の底から共感しました。赤字を受け止められる人は学びや成長がある。でも、それを否定だと思ってしまったら、もう入ってこないですよね。

さとゆみ:
私は原稿のゴールが、「自分の文章が認められたい」では決してないと思うんです。「読者によく伝わる」がゴールだと思っている。赤字を否定するのは、ゴールがひとつ手前にあるんじゃないかな。

江角:
エッセイも同じですか?

さとゆみ:
エッセイは正直、届く人にだけ届けばいいと思っています。編集者さんも「もうちょっとここが深まるといいですね」のような感想はあるけれど、基本的に誤字脱字以外の赤字は入れてこない。エッセイは書いた本人の考え方だから。その代わり、批評はすべて自分で受け止める。

江角:
商業ライターの書く原稿は「読者によく伝わる」ことがゴールだから、「人格否定じゃないよ」と言えるわけですね。私も自分のライター塾の受講生のなかには重く受け止める人がいるので、そのことをちゃんと説明してから、添削を読んでもらっています。

さとゆみ:
私は私自身の真っ赤な赤字を見せますね(笑)。どこに私の書いた部分が残っているんだろう?っていうぐらいの赤字を皆さんにお見せしながら、「21年やっていてもこういう感じなんですよ」って。とはいえ、赤字は直したほうが9割がた、よくなるから。

江角:
ちゃんとした編集者さんだと絶対よくなりますよね。

さとゆみ:
私は赤字、大好き。赤字の端正な編集者さんとか、絶対恋しちゃう(笑)。

江角:
(笑)いい編集者と出会うのもすごく大事ですよね。

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さとゆみ:
ライター側も「この編集者さんと仕事をしたい」という想いはもっておくべきだと思うんです。単行本ならクレジットを見れば名前がわかるし、雑誌やウェブ媒体でも「これは誰が担当したんですか?」と聞けばわかるわけだから、その編集者から指名で仕事を依頼されるように戦略を練った方がいい。

江角:
なるほど。ライターになったばかりのころはどうやったらいい編集者と出会えるのか、本当にわからなくて。しかも5、6年ぐらい「仕事は断ってもいい」ということもわからず、ぜんぶ引き受けちゃって大変でした。会社員からフリーランスになって、自らの行動がすべて返ってくるのが楽しかったのもあり、土日も昼夜も関係なく働き詰めてしまった。

さとゆみ:
激務を苦痛と感じないことで、働き過ぎて心身を壊してしまう方もおられますよね。

江角:
そうなんです。でも、出産して子育てを始めたら、夜19時の修正依頼を翌朝一番に返すのは無理だなとわかって。署名欄に「育児のため18時以降は電話に出られません」と急な対応はできないことを表明したら、17時前に電話をくださるクライアントさんもいて、ちゃんと都合を言っていいんだという気づきがありました。

さとゆみ:
お子さんのおかげで、仕事を選べるようになったんですね。それはよかった。


「編集者の横柄」と「ライターの卑屈」を駆逐する

江角:
私、初めてエッセイを書いたときの編集者さんに言われるままに直していたんですが、あまりにもひどい言い方だったんですね。

最初は私がなんかしたのかなとか、編集者とライターという立場もあって「言われるようにできない私は駄目だ」と思っていたけれど、あまりにも酷い言い方をされたので、その人が信じられなくなって、2年で辞めてしまいました。

さとゆみ:
エッセイって、たぶん「できる・できない」ではないと思う。だいたいが個性だから、個人的に「合う・合わない」で意見をおっしゃる編集者もいると思うんです。もちろん表現を丁寧に見てくださる方もいるけれど、ただ単に“仕事している感”を出したいがために変な赤字を入れてくる人もいると聞きました。

そうはいってもライターになりたてのころは、やっぱり関係性が難しいというか、ライターのほうが下だと思って遠慮してしまう人もいますよね。

江角:
最初は私もそうでした。

さとゆみ:
以前、ダイヤモンド社の『読みたいことを、書けばいい。』や『お金の向こうに人がいる』などをヒットさせた編集者の今野良介さんに、編集・ライター講座で教えることになったと伝えたら、「編集者のほうが立場が上だと思っている編集者を全員駆逐してください」と言われたんです。その一方で、「編集者より立場が下だと思っているライターのその精神を駆逐してきてください」と。

それが業界のすべてを表しているなあと思って。「編集者の横柄」は問題だけど、「ライターの卑屈」も問題。発注者と受注者という関係ではあるけれど、両者にとってあくまでゴールは同じで、仲間であり、戦友であるわけだから、ものを言ってもいいんです。そうじゃないと、この仕事は本当にしんどくなっちゃう。

江角:
「編集者のときは出来るだけ謙虚に、ライターのときは2割増し生意気に」と書かれていて、とても共感しました。

私も、編集者と話すときの自分は偉そうだなと思うんですけど、そのくらいしないと渡り合えないと思っていて。「いいものがつくりたい」ことが本意なので、そのために同じ舞台に上がるようにしています。

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さとゆみ:
ライターが目線を上げて、ちょうどフラットになれるんですよね、きっと。編集者が上だと思って変に遠慮するより、最終的に原稿の仕上がりがよいことのほうが大事だということは伝えたい。

江角:
さとゆみさんは具体的にどうやって目線を上げていますか?

さとゆみ:
企画に対して、よりよくするための提案をこちらからもしますね。依頼された内容をなぞるだけでなく、変えたほうがよいところは話をします。

江角:
こちらのほうが読者にとってよいとか、オウンドメディアだったら会社にとってよいと思うことは、私も言います。

さとゆみ:
私は「このほうが原稿がよくなる」と思っているのに言わないことのほうが、相手を信頼していないことになると思っているんです。

よく「編集さんにこんなことを聞いて、お時間を取らせたら申し訳ない」と考えるライターさんがいるんだけど、私は「それは気遣いじゃなくて職務怠慢だ」と言うのね。だって最終ゴールは読者さんにとって良い原稿なのだから、「聞く権利」があるのではなく「聞かなくてはいけない義務」があなたにあるんだよ、と伝えるようにしています。

江角:
私もライターが仕事をする上で言わないといけないことは言うべき、という話はしますね。それは読者のためであって、それが言うのが仕事だと。

私自身、依頼どおりになぞるのがだんだん苦しくなって、自分がよいと思うことを提案するようになりました。それでも絶対に元の案で書くように言われたら、クレジットを外していただくことで合意したり。

さとゆみ:
江角さん、強い(笑)。

江角:
直接クライアントとやりとりができない案件だと、伝わらない部分があって難しいですよね。

さとゆみ:
私も一度だけ、どうしても修正を受け入れることができなくて、校了を戻さなかったことがありました。

その依頼主からは二度と仕事が来ないけれど、取材対象者のことは守れた。取材先の信用を失って今後取材ができなくなるか、その編集者と今後お仕事できなくなるかという選択ですよね。

江角:
私も取材を受けてくれた方のことは、絶対裏切りたくないですね。取材でお世話になっている、地元のお店の方を守りたい。

さとゆみ:
私も美容の取材では美容師さんが大事なので、そこは死守します。

あと、「万人にとっていい編集者」というのはいないかも。あのライターさんとは合わなかったけど、私とはすごく馬が合うという場合もありますし。

江角:
だからブラックリスト化しにくいのかもしれないですね。

さとゆみ:
ただ、編集者さんの名誉のために言い添えておくと、私はインタビューを受ける立場のときもあるのですが、あがってきた原稿の出来の悪さに驚いたことが何回かあったんです。それで、ふたつ思うことがあって。

ひとつは、残念だけど「ライターってプロフェッショナルな仕事だよね」と思われる世界はまだちょっと遠いこと。私自身の原稿がいまだに大量の赤字が入ることを棚にあげての発言ですが(笑)。

もうひとつは、だからこそちゃんと書けたらいくらでも食べていける、ということ。最低限のことができれば食べていける。まだまだ底上げされないといけない業界だし、ライターになりたいという人が増えてきているから、玉石混交のなかでいいライターさんを育てていきたいなと思っています。

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江角:
「業界の底上げをしたい」という思いがあるのですか?

さとゆみ:
底を上げたいとはあまり思ってないかな。もっと書けるようになりたいという意欲があって、世の中に貢献したいと思っている若手のライターさんたちの能力を、一段、二段と上げていく手伝いができたら嬉しいなという感じです。江角さんはどうですか?

江角:
私も、「いいライターさんいませんか?」と訊かれることが多いし、私だけでは回らないから書ける人がいたらいいなという思いがあって、ライター塾をやっているんですね。普通にちゃんと書けたら、仕事は途切れない。だからその域まで行ってほしいなと。

さとゆみ:
最近はいいライターさんが育って、編集者さんに紹介できるようになりましたよね。先日もひとり紹介したんだけど、そのライターさん、同じ媒体で私の10倍ぐらいPV取ってるの(笑)。そうなってくると楽しいし、嬉しいよね。

江角:
はい、嬉しいです。やはり信頼できる人を紹介したいから。

さとゆみ:
うん。あと、そのときにテーマに沿った原稿を書けることも大事だけど、編集さんとコミュニケーションをきちんととれることも重要。結局は人間性が大きくものを言うところはありますね。

ライティング講座を始めた想い、伝えたいこと

さとゆみ:
すでに京都でライターとして活躍されている江角さんが、『さとゆみビジネスライティングゼミ』を受けてくださるなんて思ってもみなかったので、驚きました。率直な感想をお聞かせください(笑)。

江角:
超ハードで、超面白いです。特に実践。「雑誌の企画4ページを書いてください」というような宿題を与えられ、次の講座の際に「考えたとき何につまずきましたか」「どういうところに気づきましたか」という質問をさとゆみさんがされるじゃないですか。そのあとでもう一度各自練り直すというのが、非常に役に立つと思いました。

さとゆみ:
22名の受講生全員に私をインタビューしてもらったんだけど、その22名分の取材依頼文もとても面白かったですね。みんなで「これがいい、あれがいい」と和気藹々に意見交換ができて。

江角:
はい、ブレイクアウトルームでみんなと話すのもすごく楽しいです。

さとゆみ:
書く仕事って孤独な作業ではあるけれど、常に読者のほうを向いて書かないといけないものだから、作家さんじゃない限り、内側より外側とすり合わせながら「これがいいかな」とチューニングしていってほしいんです。ご主人に「この文章、イケてると思う?」とか、お母さんに「これ読んで意味わかる?」と尋ねるのと同じ感覚で。

江角:
確かにそこで調整するのが大事ですよね。みんなで意見を言い合うなんて普段のライターの仕事ではないことだから、本当に貴重です。

さとゆみ 思った以上にみんなのやりとりが盛り上がっていますよね。ところで江角さんはなぜ私の講座を受けようと思ってくれたんですか?

江角:
最初、上阪徹さんの「ブックライター塾」に行こうと思ったんです。ブックライティングをもうちょっとやりたいなと思って。

ところが、縁あってさとゆみさんに先にお会いしたら、上阪塾の第一期生ですでに上阪さんの教えを体得しているし、エッセイとかコラムとか私がいまやりたい仕事をすでにされているので、「この人に教えてもらいたい!」と。さとゆみさんの講座を受けて、いまその道筋が見えそうな感じがして、すごくワクワクしています。


「ライターになって幸せになる!」ために

さとゆみ:
江角さんご自身も、ライター塾を持ってらっしゃいますよね。江角さんがライター塾を始めたきっかけはなんですか? 

江角:
私のライター塾のテーマは「ライターになって幸せになる!」なんです。ライターは誰にでもなれるけど、そのうえで幸せになることをゴールにしたい。

自分がライターを始めたとき、どうすればいい取材ができていい原稿が書けるのかを聞ける人が周りにいなかったんですね。そのときはSNSもなかったし、どこに行けばライターさんに会えるのかもわからなかった。ブラックな案件に振り回されて消耗したこともあったから、そういう人を減らしたかったし、仕事の数に対して書けるライターが足りないと感じたのもあって、塾を始めました。

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さとゆみ:
生徒さんはライターを目指す方のみですか?

江角:
はい。「書くを仕事に!」という講座なので、商業ライターとして活躍できるようにと思って。全6回で、インタビューの仕方、原稿の書き方、企画書の書き方、企画の立て方を教えています。私が最初に知りたかったことをぜんぶ詰め込んでいる感じですね。

さとゆみ:
教えるときに何か意識されていることはありますか?

江角:
これはさとゆみさんを見ていて思ったのですが、信頼することが大事かなと。私、受講してくれる方を、「こうしたらいいのに」ってコントロールしたくなっちゃうんです。でも、それは駄目だなと思いました。いくら周りが言ったところで、本人が気づかなかったら学びにならないですものね。

さとゆみ:
ライティング講師の立場でこれを言うのはなんだけど、書くことって、よりよく生きていかないと上手にならないと思うんですよね。

例えば相手が「悲しい」と言ったときに、どんな悲しさなのか何パターンも想像できるとか、その方がお話しした、普通なら知識がないとスルーしてしまうことを、きっちり拾えるとか。知識、経験、想像力を、生きるなかでたくましくしていくことが大切なんじゃないかって。

江角:
知識、経験、想像力の中でこれが一番というのはありますか?

さとゆみ:
想像力。経験していないと書けないとは思わないから。とにかくその3つを磨くことが、ライターとしていい文章を書けることにつながると思う。世の中と真剣に向き合って丁寧に生きる、そういう人間としての態度表明みたいなものが文章と結びつくから。

やっぱりいっぱい生きないと駄目ですよね。「いっぱい」は量や長さではなく、いろんなものを受け取れるようになること。だから、どちらかというと受け取るセンサーのほうが大事かなと。

江角:
受け取るセンサー?

さとゆみ:
出力装置よりも入力装置。みんな出力に目が行きがちだけど、少なくとも商業ライターは、出力は1割くらい。9割は、やはり受け取る能力だと思う。

構成だって、入力したものをどのように自分が受け止め、どの順番で大事だと思ったかを考えることでしょう。「取材者の目で生きる」というか、観察をしたり、「これってこうかな?」と仮説を頭の中で何回も繰り返し考えたりしていたら、それは必ずいい文章になります。

江角:
確かに、よく生きるって大事ですよね。さとゆみさんの講座はみんなが一般的にイメージする「ライター講座」とは全然違う。「よりよく生きること」を忘れないでね、というのがとても伝わってくるんです。それがさとゆみさんの講座の真骨頂なのかなと。

さとゆみ:
ちゃんと実用も教えてるー!(笑)

江角:
もちろんです。でも、それが基本だなと。「書くことは生きること」というのを実践を通して教えてくれている。本当に奥が深すぎて、「書くことって楽しい!」と素直に思えました。

さとゆみ:
みんなそれぞれの立場で、「書くって思っていたのとちょっと違う!」と感じているよね。「てにをは」とか主語の次は述語みたいなことではないんだなとか。

ただ、実際にはすごく難しいことを皆さんに要求しているとも思っているんです。特に「即書ける文章術」みたいなものを求めていた人は、最終回に近くなると「これで終わったとき書けるようになっているのかな?」という不安も抱えると思う。正直そこはもう少しかかるけれど、その道筋のうえに文章の上手さがあることは間違いないから、王道は行っているんじゃないか、と自分では思っています(笑)。


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「チャック開いてる」と言われる人になる

江角:
さとゆみさんが特に意識して教えていることはなんですか?

さとゆみ:
赤字に対する恐怖心をなくして卒業してもらうことを意識していますね。

私、「チャック開いてるよ」と言われる人になりたいってずっと思ってるの(笑)。

江角:
(笑)チャック開いてる??

さとゆみ:
人間には2つのタイプがあると思ってるんですよ。「チャック開いてるよ」と言ってもらえるタイプと、言ってもらえないタイプの2つ。どんなに偉くなっても、どんなに有名になっても、私は後輩とか友人に「さとゆみさん、チャック開いてますよ」と突っ込まれる人でいたい。常に赤字をもらう人生でありたい。

だから、講座生から「先日の原稿、意味がよくわからなかったんですけど、あれは何か意図があって書いたんですか?」とかいう連絡が来ると、ありがたいなと思うんです。指摘してもらえるとすごくありがたいし、講座生同士もそうであってほしいなって。

江角:
なるほど。私、ブレイクアウトルームでとても印象に残ったことがあって。講座生のひとりが、「さとゆみさんに取材をして、『A』だと言ったことを、もっとわかりやすく『A’』に書きかえていいんですか? そのときは『A’』と書くだけでいいのか、『A’』と私は理解した、と、ライターの地の文を入れるべきですか?」と質問してきましたよね。あれ、いい質問だったなあと。

さとゆみ:
いい質問だったよね。これもとても大事なことで、私は「A」を「A」のまま書くのがライターだとは思っていないんです。「A」と言ったけれど、本当はこう言いたかったんじゃないかという翻訳をして「A‘」にしないかぎり、ライターの仕事は成立しないと思う。

この「A」から「A’」にすることを、ある人は「言葉を練る」というかもしれないし、私は「私の体を通す」と言うわけだけど、翻訳ないし意訳をしなくてはいけないんだよね。それが正しい翻訳ではなかったら「こんなこと言ってません」とインタビューイに言われるし、とても正しい翻訳だったら「自分が言いたかったのはこれだったの!」と褒められるわけじゃないですか。

そこがライターの仕事だと思うし、「よく生きる」ことこそが、その翻訳の精度を上げていく最良の方法だと思います。

江角:
私はライターには健やかさが必要だと思うんです。やはり心身ともに健康でないと、よい文章は出てこない。

さとゆみ:
どんなに泣かせるものであっても、健やかな精神、健やかな環境から生まれるのではないかなと私も思いますね。だからなるべく体調を整えようと思って。

江角:
村上春樹が走る理由がわかりますね。

さとゆみ:
うん、わかる。でもこの間、走る友達に「私も走った方がいいと思う?」と尋ねたら、「さとゆみは走ることを必要としていないじゃない?」と言われたんですよ。スポーツでなければ発散できないような欲求は感じられない、それは別の方法で発散できているからではないかと。

江角:
さとゆみさんは学生時代にソフトテニスをやっていましたよね。いまはライター業や先生業で発散できているということですか。

さとゆみ:
テニスをやっていたころは、テニス以外に自己表現がなかったというか、自分の人生を検証できる場がなかった。「こういうことを考えてトライしたらうまくできた!」みたいな、PDCAを回せる場所がテニスしかなかったの(笑)。だからテニスが面白かった。

テニスか読書かな。ただ読書は、その本について誰かと語り合えるわけではなかったから、Pだけが溜まっていって、Dはできなかった。いまは読書したら書けるし、ドラマを読んだら書ける。PDCAを回せる場所がいっぱいある。

江角:
書くことで、しっかり発散できているんですね。

さとゆみ:
でも、その話とは別に、体を動かすのは大事ですよね。言語はそれこそ身体性と密着しているから。私の文章ってやっぱりファットだと思うの。それは私の肉体と関係しているんじゃないかなと。江角さんはダンスを始めたんだよね?

江角:
ヒップホップダンスを始めました。去年の10月から週1で始めたんだけど、書くことと同じだなと思いました。振り付けは覚えているのに、体が動かないんです。知識があっても書けないみたいな。だから文章術を知ることも大事だけど、アウトプットして身体になじませるのは大事だなと。

さとゆみさんはテニスをやっていたことと、いま書かれている文章の関連性について考えたことはありますか。

さとゆみ:
先日、エッセイストの寿木けいさんと対談をしたんです。非常に芳醇な文章を書かれる方で、「向田邦子の再来」とも言われている方なのですが、特に近視の部分と遠視の部分、つまり引いたり近づいたりのメリハリがとてもお上手だと思ったのね。

私はというと、すべての物事を望遠で見ている。対象に近寄るときも、レンズを変えるのではなく、望遠でズームしている。常にいろんなものをロングショットで見ているんです。

それはいったい何に起因するのかを考えたとき、テニスだと気がついた。テニスコートでいつも全力ボールを追っていながら、同時に72マスに分けたテニスコートを上から俯瞰して見ていたんです。うちの父親は、ソフトテニスのジュニアの指導で有名な人で、彼に習った人は全員それができるんですけどね。テニスボールを打っている自分と、盤面を見ている自分が、ふたり同時に存在する。しかも基本的には盤面を見ている自分の意識のほうが、私は強いんです。

江角:
テニスで培われた俯瞰の目線が、さとゆみさんの文章のひとつの特徴になっているということなんですね。なるほど、すごくよくわかりました。

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待てない人=書きたい人、待てる人=書くのを生きる手段にしたい人

さとゆみ:
いま思ったけれど、俯瞰しているのは、書こうとしているテーマや素材だけではないですよね。時期はどうするのかとか、媒体はなにがふさわしいとか、この原稿が世に出ていったときに一番読まれるタイミングや方法を常に見極めようとしているかも。

例えば、ライターの友人にエッセイになりそうな家族の話とかをあっさりSNSに書く、つまり無料公開してしまう人がいるんですよ。本人にも言うんだけど、いつももったいないなと思っているの。だって、めちゃくちゃ面白いんですよ。どこの媒体でも連載が決まると思うくらいの文章で。

彼女は「待てない人」なんでしょうね。私は望遠で俯瞰しているから、何か書きたい題材と出会っても、「これは1カ月後に出した方がいいな」ってしばらく手元に置いておくし、有料媒体で書けるまで待つ。逆にそれを待てない友人は、生粋の書き手なんだなとも思うんです。

江角:
さとゆみさんはどうして待てるんですか?

さとゆみ:
同じ書くなら、難しいほうにチャレンジしたいから。SNSで書くよりも、編集者さんに読んでもらって厳しい目で見てもらった方がよくなるし、たくさん読んでもらえれば自分が思ってもいなかったところから新しい原稿依頼が来るかもしれないし、そうやって転がっていくことが面白い。だから、私は「書きたい人」ではなくて、「書くのを生きる手段にしたい人」なんだと思う。

江角:
私はそのライターさんに近いかも。待てない。

さとゆみ:
江角さん、毎日書いていらっしゃいますもんね。

江角:
書くのが好きだから、ダラダラといつまででも書けるんだけど、1円にもならないんですよ(笑)。だから書くのが嫌いな人はすごく効率がいいなと思って。というのも、知人で書くのが嫌いなライターさんがいて、年収1,000万円なんです。嫌いだから、いかに短時間でたくさん書くか、すごく考えるんですって。

さとゆみ:
私もファッション誌のライターだったときは、「いつか、原稿を書かずにギャラをもらえる人になる!」とずっと思ってた。書くのがちょっと好きになってきてから、ものすごく書けなくなった。量産できないから、稼ぎも減りました(笑)。

江角:
書くのが好きかどうか以外に、取材相手のことを好きになれることもライターにとっては大事だと思うのですが、それはいかがですか? 

さとゆみ:
好きになれるというか、興味をもてる。それは必須だなと思う。私はすぐ惚れてしまうけどね。すぐに惚れて、すぐに忘れる(笑)。

江角:
(笑)本にもありますよね、「尻軽な人はライターに向いてる」って。私も同じで、毎回ファンになって帰ってきます。

さとゆみ:
惚れたのに、原稿を書かないうちにうっかり忘れて、1カ月くらい寝かせちゃうこともあるし。

江角:
そういうときはどうするんですか?

さとゆみ:
そのときの恋心を思い起こすために、もう一度、録音した音声データを聞きます(笑)。

江角:
(笑)すごい。

さとゆみ:
私のトリガーは「音声」で、聞き直さないと惚れていたときの感情を思い出せない。テープおこしを読んでいても、よみがってこないんですよ。もう1回音声を聞き直して「あのときの私」を召喚しないと書けない。

江角さんは、音声は聞きますか?

江角:
あまり聞かないです。スポット紹介が多くて、取材も店主の方にちょっとコメントをいただくくらいなので。でも、音声を聞いてもう1回恋心を思い出せるのってすごいなあ。

さとゆみ:
違うの。もう1回、恋するの(笑)。

江角:
やっぱりさとゆみさんはいまを生きてる感じがします(笑)。

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2022年にやりたいこと、なりたい自分

江角:
さとゆみさんは原稿を書くとき、誰かに向けて書いていますか?

さとゆみ:
商業ライターとして書く原稿は、明確に読者。でも、エッセイとコラムはたぶん、自分に向けて書いてるかな。いつも「最後まで書き上がったら読むのが楽しみだから、頑張って書こう!」と思って書いている気がする。気に入ったコラムとかは納品まで20回ぐらい読むんです。納品後は二度と読まないけど、それまでは「すごい面白い!」と思って書いているから、コラムとエッセイは自分に向けて書いているのだと思う。

江角:
なるほど。私の今年の目標は、エッセイの仕事をもっと増やすことなんです。商業ライターとして活動するよりも、エッセイストとして仕事をしていきたい。そう決めたときに、いままで辛かったこともそのネタ集めだったのかなと思えたんですね。ずいぶんとしんどかったけれど、書いたら消化されて気が済むのかも、ぜんぶ報われるのかもと思って。さとゆみさんは、書いたら報われると思いますか?

さとゆみ:
どうだろう……。書くことで癒されたり整理されたりすることはあるし、いつか書こうと思っていると耐えられることもある。でも、書いた方が辛くなることも多いだろうなとも思うんです。私自身、亡くなった人の話をよく書いていて、書けば書くほど遠くなる感じがするときがある。その一方で、やっぱり残してよかったと思うときもあって。

実は、父親の遺作を2年間寝かせてしまっているんです。しかも2本も。やろうとするたびに救急車で運ばれたり、入院しちゃったり、体調が悪くなる。それって自分の中でわりと早い時期に父親の死を消化して書いてしまったことの報いを受けているのかなとも思うの。

江角:
どのような内容か聞いても大丈夫ですか?

さとゆみ:
大丈夫。父親が亡くなる直前まで書いていたテニスの指導書があるんです。あと、作文法(『小学校6年生までに必要な作文力が1冊でしっかり身につく本』)の続編。両方とも企画が通っていて、父が亡くなるギリギリまで取材して、素材は両方とも9割がた集まっている。9割なんて、普通のブックライティングなら贅沢なほうじゃないですか。普通なら余裕で書けるんだけど、体が拒否反応するんですよね。それは私が向き合わなくてはいけない、当面のものすごく大きな課題です。

江角:
私は妹を交通事故で亡くしているんですが、長らくそのことについて書けなかった。忘れちゃうから書き残したい気持ちはあったんですけど、辛くて書けなくて。そうしたら10年過ぎたころにお寺の広報誌から「エッセイを書きませんか?」という依頼があったんです。これもタイミングだな思って書きました。

さとゆみ:
たぶんそうやって向き合うべきだったことに、私はすごく早く手を打ってしまったのかも。どこかでちゃんと「喪の作業(グリーフィング)」をしなければいけなかったのをさぼったせいで、いま罰を受けている感じがすごくします。

江角:
そうなんですね。罰と思うくらい辛いかもしれないですが、でも、きっとそういう時間が必要なんだと思います。喪の作業として書ける日がくるといいですね。

さとゆみさんは、今年の目標はありますか。

さとゆみ:
あります。それは「明るい場所になる」ということ。「あそこに行くと元気になるよね」とか「悩んだときはとりあえずあそこに行こう」とか、そういう場所になりたい。

私は、自分のキャラクターも書くものも、「陽キャ」だと思うんですよ。人間がそもそも明るいし、屈託がないし、悩みないし(笑)。昔はそれがすごくコンプレックスだった。深く内省したものを書かれる方が物書きには多いから。

特にすでに活躍なさっている先輩たち──ジェーン・スーさんとか、はあちゅうさんとか、もっと上の世代だと林真理子さんとか、やはりコンプレックスや義憤、怒りみたいなものからスタートされて、あのようなシャープな原稿を書かれていると思うんです。でも、私にはいかんせんそういうものがない。いつも世界のよい面しか見ていないから、書くものがそちら側にはいかないし、いけない。だとしたら、「病まない作家」として、健康な人生を朗らかに書いていこうと思ったわけです。

江角:
私にとっては、それが眩しいです。本当に太陽みたいな感じ。

さとゆみ:
そう、太陽みたいに今年は生きてこうと思ったの。落ち込むときもあるし、体調の悪いときもあるけれど、今年はそちら側を前面に出していこうと。

江角:
キラキラで人生を楽しんでいることを、選んで見せてくれているというのは感じました。

さとゆみ:
嘘は全然ついてないんですけどね。そもそも毎日楽しいし、「ねえねえ、聞いて。今日も楽しかったんだけど」ということを伝えたい。そうじゃない日も「明日はもうちょっとよくなればいいな」と思う目線で書きたいし。

それで、今回のビジネスライティング講座の初日に、「普段どんな生活をしていてもいいから、ここにいるときの分人のあなたは、一番性格のいいあなたでいてください」と頼んだわけです。

江角:
覚えています。「ここにいる22人と接しているときだけは、自分の一番よいところを見せて、付き合ってほしい」と。とても印象的でした。

さとゆみ:
文章を読んだり、赤字を入れたり、感想を言い合ったりするのは、内臓を見せ合う行為に近いから、そこの心理的安全性が担保されないときついと思ったんですよね。とにかくここではいい人でいられて、何でも話すことのできる場所をつくりたいなとすごく思った。

そういう場所づくりを、今年は自分の文章を書くことより優先したい。たぶん私、脂ののりどきだし、絶対書くべき時期なんだけど、今年は自分が書くよりも、書く人たちが明るい気持ちになるような活動をしたいんです。

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さとゆみビジネスライティングゼミ1期生の卒業式
現在2期生募集中

江角:
それは、『書く仕事がしたい』を1冊書き下したことと関係ありますか?

さとゆみ:
すごくある。書いていて、自分の特徴がものすごくわかった。まず、深みがない(笑)。

江角:
(笑)そんなことないです。

さとゆみ:
基本的にポジティブシンキングだし、ホープパンクだし。でも、私のようなあっけらかんとしたタイプの書き手もいてもいいと思うのよ。

自分が100本の原稿を書くのと、「書くことで世界を優しくしたい」と思っている仲間がひとり100本ずつ自由に書くことと、どう考えても後者のほうが世の中を温かくするのではないかと思ったんです。

江角:
仲間というのは、例えば、書くことについての共通言語をもった人たちとか?

さとゆみ:
そう。仲間の書く文章がいっぱい世の中に出ていって、もっと世界が温かくなるといいなって。そういうことを今年から来年にかけて集中しようと、ふと思ったんですよね。

先日、江戸川区の皆様に文章を教えて、最終的に江戸川区のプロモーション原稿を書いてもらうという全3回の講座を受け持ったんです。年齢の幅は、20代からたぶん70歳前後くらい。最初の授業で、BTSでも好きなパン屋さんでも何でもいいので自分の「推し」について語ってもらったら、すごく熱量高くプレゼンしてくれたので、「同じくらいの気持ちになれる場所を江戸川区内で1ヶ所探して、推しについて語るように書いてください」とお願いしたわけです。

そうして最終回にあがってきた課題が、江戸川区の皆さんも私も泣くぐらいの素晴らしい文章だった。しかももともと好きだった場所を、原稿を書くためにもう少し調べたり、関係者に話を聞いてみたそうで、「取材をしたことによって、こだわりがわかったり、気づかずにいたところに目がいったりして、もっと好きになった」というようなことを言ってくれたの。もう講座中にポロポロ泣きそうになるほど感動しちゃった。

江角:
書くことってまさにそれですよね。普段見ているものをさらに詳しく見てみたら、もっといいところがさらに見えてくるというような。

さとゆみ:
そう。自分の周りに、より好きな人やより好きな場所が増えるのが、私は一番の幸せだと思う。だから、江戸川区で講座生のみなさんと過ごした時間は至福でした。

できればそういう経験を、職業ライターの人たちもできたら幸せだなと思うんです。興味のないものを取材しなければいけないときも、できれば始まる前よりちょっと好きになったり、ものの見え方が変わったりしてほしい。そうなるとすごく幸せだし、あらためていい仕事だと思えるんじゃないかなって。

江角:
本当ですね。ライターって本当にいい仕事だと思う。全員ライターになればいいのに! 「なんでならないの?」と思うくらい楽しいです。

さとゆみ:
会いたい人にも会えるしね。この人の話を最前列で聞いたら普通は何十万払えばいいんだっけ?みたいな(笑)。

江角:
とっても価値ありますよね。

さとゆみ:
ライターって書くために生きているわけじゃなくて、楽しく生きるために書いていいんですよ。だから書くことで消耗しない仕事を、仲間とみんなで楽しく選んでいけたらいいなと思います。

江角:
素敵です。私も仲間のうちのひとりになって、もっと世界が温かくなる原稿をたくさん書いていきたいです。

(文・堀香織 協力・小倉陽子)


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江角さんが参加くださった「さとゆみビジネスライティングゼミ」は、本日(4月3日)から2期生を募集します。
また、今日から、ビジネスライティングゼミに来てくださった方々と、10夜連続毎晩23時にラジオトーク「ライターさとゆみの深夜のラブレター」でライブ対談します。ゼミに参加してくださった人たちが、書くことをどう捉えているのか、さとゆみが質問したいと思っていますので、ぜひ、ご興味のある方は来てくださいね(アーカイブも残します)





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