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ムカデ嬢のららばい♬

 昨今いなかに移住される方たちが増えた。まちにはない環境やナチュラルなライフスタイルを求めて、あるいは老後静かに暮らせる環境を求めて、理由はさまざまだ。

 岐阜県大垣市上石津町という辺鄙で過疎ないなかに住む私にとって、これはたいへん喜ばしいことだ。小学校も過疎化や少子高齢化が進み、いまや四つの小学校を義務教育学校という小中一貫校の一つに統合しようという話も出ており、人数の増加に少しでも拍車がかかってなんとか現状の四つの小学校を維持できたらと、個人的には考えている。小学校ぐらいはバスではなく、自分の足で行ける場所にあってほしいという願いからだ。

 さて、いなかというと、まちの人は自然が豊かで子どもたちがのびのびと過ごせる所、高齢者は畑や田んぼがやれて自給自足ができる所というイメージをお持ちの方が大半のように見受けられる。昨年郡上市に移住されたある俳優さんの取材を企画した際、東京在住の編集者から、釣りや畑仕事などいなかのライフスタイルがわかるような写真をと強く言われた。ところが釣りに関しては高齢のため今はあまり川に入ることはないそうで、腰が痛くて畑仕事などもしていないということで、がっかりされた記憶がある。そのかわり、それを上回る貴重な人生のお話や役者としての役作りの話を聞かせていただき、一生の思い出に残る仕事となった。

 ああ、また話がそれてしまった。要するに何が言いたいかというと、自然に恵まれた田舎の環境は確かにすばらしいが、決してまちの人が思い描いているようなことばかりではないのである。

 まず、公共交通が極めて不便。一家に1台ではなく、一人に1台車がないと暮らしていけない。地域の行事や用事が多い。まちづくりなどに駆り出されると、土日もなくなることもある。思っている以上に忙しい。いなかの人は朝が早い。午前7時前に来客があることも…

 そして、自然は豊かだが、怖いものも潜んでいる。近年は山の吸血鬼であるヤマビルが増加し、山仕事や山の中、いや庭仕事をしていても血を吸われることがある。ヤマビルは音も気配もなく、服の中に忍び込み、気が付くとシャツが真っ赤になっているということもある。しかも血を吸われると跡がものすごく痒い。さらに注意を要するのがマムシである。蛇よりも太短くて、頭が三角形になり、体はなんともいえないまだら模様。マムシにかまれてほおっておくと、このマムシ模様が体に浮き出るという。もちろん毒があるから噛まれたらすぐに病院か救急車だ。最近は血清を打つのはあまりよくないそうで、点滴で様子を見ることが多いようだ。庭に出てくることもあるので、子どもなどは要注意である。

 今の時期、一番気をつけなければいけないのは、ムカデである。百足と書いてムカデと読む。本当に百本もあるかという足をワサワサと動かしてうごめくさまは見るだけで怖気をふるうし、気持ちが悪い。本来は外の虫だが、あたたかく湿ったところが大好きで、この時期家の中によく出没するのである。

 私も毎夏一匹以上は必ず見る。何べんか噛まれたこともある。一度は寝ぼけ眼でふろ場に行き、床にはっていたムカデをうっかり踏んづけた。ギャッと思った時はすでに遅し!ジンジンとした痛みに襲われ、その後おふろに入ったせいか、痛みはさらに悪化してほぼ半日続いた。痛みで眠れなかったのはいうまでもない。ただ、ムカデの毒はマムシと違って命にかかわるようなことはない。しかし、できれば絶対に出合いたくない輩だ。とはいうものの、今年はすでに2匹も見ている。1匹目は仕事をしている私の足元から這い出てきた。2匹目はカーテンから落ちてきた。1匹目は連れ合いが退治してくれたが、2匹目はそそくさとソファの下に隠れた。こうなるとよっぽどのことがない限り、出てこない。ムカデは桧とミントの香りが嫌いだそうで、さっそく出そうな所にアロマオイル入りのルームスプレーを振りまいた。殺すのも気持ち悪いので、二度とお目にかからないことを願う。しかし、このムカデ、肉食でゴキブリを食べてくれるといった良い面もあるようだ。8月の真夏になるとピタリと出現がやむから不思議である。注意しなければいけないのは、布団の中に侵入してくるのである。ビトンと天井から落ちてくることもある。ムカデの名誉のために付け加えておくと、こちらが何もしなければ噛むことはない。ビックリして攻撃して噛むのである。とにかくムカデに出合いたくなければ、ムカデの忌避剤を家のあちことにまくことである。

 地元に生まれ育って60年が過ぎた。若い頃は嫌でたまらなかったいなかだが、いまではめんどうなまちづくりにも足をつっこんでいるから不思議なものだ。とにかく、いなかに住むには覚悟がいる。傍観者ではなく、自ら主体的に地域の暮らしに関わっていくことだ。そうすることで隣近所の人となりもわかってくるし、自分の立ち位置も確保できる。とにかく、ムカデとともに転寝するぐらいの覚悟で来てほしいと思う。

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