どこでもドアは、怖くない

こんばんは

みなさんは「どこでもドアでワープするとき、元の自分は死んでいる」とかいう話を知ってますでしょうか。

ワープの仕組みについてですが、まず、のび太を一時的に原子レベルに分解しデータを解析します。その後、ワープ先にのび太のデータを送り、体を再構築するという流れになっています。
元の自分は分解されて死んでしまっており、新しく作られたのは自分の記憶を持った全く別の生き物になっているという話です。

しかし、そもそも人体はいわゆる新陳代謝という特性で常に体が変化しており、ほぼ全ての原子は7年単位くらいで新しくなるそうです。生まれた時から変わらず残っている原子はほとんど無いというのです。
ワープでは、それが1秒くらいの間に起きるだけなので、普通に生きてく上で起きる新陳代謝となんら変わりはないのです。
つまり、どこでもドアは怖くないのです。


さらに話を発展させると、再構築されるとき、それが元の体と同じでなくても記憶や意思などをきちんと引き継いでいればアイデンティティーは失わないのではないかとも思いますね。つまり、コンピューターに意思を移すだとか、体を全て機械にしたりしても、それは自分のままであると言えるんじゃないかなということです。

こういう思考実験って楽しいですよね。YouTubeでもこういった思考実験に関する動画がけっこうあるのでよくみてます。

生きているうちにワープできるようなるといいね。

おわり

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