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はじめてのキャンプは、【秘密】の気配がした。

小学四年生の時の話。
夏休みが近づいてきた7月の上旬。同じクラスのS君が「キャンプに行かない?」と声をかけてきた。くわしく話を聞くと、S君が参加しているボーイスカウトで夏キャンプがあるということ。そこに「体験」という形で、一般の人たちも参加できるということだった。

キャンプ?
それは僕にとって、未知の世界だった。あまりにも別次元すぎて、どこで何をするのかさえわからなかった。僕の頭には、絵本か小説の挿絵に描かれていた「黄色い三角のテント」が思い浮かんだ。たぶん、あんな感じのテントで寝たりすることをキャンプというのだろう。

「でも、テントとかもってないよ」
「僕ももってないよ。みんなで同じテントに寝るんだよ」
「すごいね!」

よくはわからないけれど「なんだかすごい」ことが起きそうな気がした。でも、お母さんは反対すると思った。うちのお母さんは、遠くに遊びに行こうとするとものすごく怒る。キャンプなんて、絶対に無理だと思う。

「これ、お母さんに見せて、参加できる時は教えて」

S君はそういうと、プリントを一枚手渡してよこした。僕はドキドキしながらそれを受け取った。これを見せたら、お母さんはなんていうだろう。「キャンプなんてダメ。返してきなさい!」と言われるような気もする……。

それからのできごとは、よく覚えていない。すぐにプリントを見せることができなくて、二、三日してから見せたような気がする。お母さんがS君の家に電話をして、何かを話していた様子はなんとなく覚えている。「寝袋」が必要だということで、休みの日に買いに行って仕舞い方を練習したりもした(青い寝袋だった)。そして気がつくと僕は、キャンプをしていた。

とにかくたのしかった。
靴を履いたまま川の中を歩き回って、森の中で宝探しをして、泥だらけになって、一日中遊びまわった。

ここでは普段「危ないからダメ!」と言われていたことを「やってみよう!」と、背中を押してもらえる。靴の中に川の水が入り込んでくる、ガホガホした感覚。足を踏みしめるたびに川底の砂が舞い上がって、そこから空気の泡が浮かんでくる。

「すべらないように気をつけろよ!」

と、引率の人が声をかけると、言ったそばから川の中に(おそらくわざと)すべって落ちる人がいる。みんなから「あー!」と言われて、本人も「やっちまった」という表情を浮かべるけれど、怒る人はだれもいない。気をつけろよ、さあ次へいくぞ、と自然の中を進んでいく。

今僕は、冒険をしている。
そう思った。

小説の世界の話みたいに、お母さんも、そしてお父さんも知らない場所へ来て、普段なら怒られるようなことをしている。ちょっと胸の奥がうずうずするような秘密の気配。そうだ、僕は探検をしているんだ!

とても一泊二日とは思えないほどの濃厚な時間が流れた。とんでもなく遠い場所へ来ているような気がしていた。この時間がもっとずっと続けばいい、と思っていた。キャンプはすごい。またキャンプへ行きたいけれど、お父さんはテントを持っていないからダメだろうな。


あれから30年以上の時間が過ぎた。
今でも私は、小さなテントを持ってキャンプに出かける。豪華でおしゃれなグッズなどはなくて、必要最低限な道具を小さな車に詰め込んで出かけていく。焚き火がパチパチと音を立てて燃える様子を視界にとらえながら、時々「あの日」のことを思い出す。あの場所が、私のキャンプの原風景であることを確認する。

たぶんこれからも私は、キャンプへ行くだろう。
荷物を積んで、まだ行ったことのない場所へ。そしてそこに「あの日の自分」を見つけるのだと思う。

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