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・私が【起業を決断】した時の話。「荒波を消す方法はないが、乗り越え方はあるかもしれない」

29歳の時、私はそれまで勤めていた塾を辞めて、あたらしく学習塾を始めた。つまり「独立起業」というやつである。

それ以来「起業したきっかけは?」と、幾度となく質問された。時には大学生から「起業した時の話をしてほしい」と依頼を受けて講演をしたりもした。おそらく、そのような質問をした人の頭の中には「起業するってことは、なにか特別な志とか、きっかけがあったのでは?」という気持ちがあるのだと思う。

仕事を辞めて、わざわざ起業するくらいなのだから、きっと何かある、道を歩いていたら占い師の人に呼び止められたりして、あああなた、そこのあなた、ちょっと待って背後によからぬ黒い影が見えるわ、変ね、そう、あなた、今いる会社で大きなトラブルに巻き込まれて心身ともにギリギリまで追い詰められるわね、ええ? そう、それは避けられない、運命だから、あのね、人の話は素直に聞くものよ、水晶なんて売りつけたりしないのだから失礼ね、え? じゃあどうすれば避けられるのかって? あなた私の話を聞いてないわね、ついさっき「避けられない、運命だから」と言ったでしょ、そう、でも、そうね、どうしてもというなら、そう、あなたその会社を辞めなさい、そして起業するのよ、それしかないわね。などと、うさんくさいような、それでいて事実は小説より奇なり、のようなエピソードを期待しているのかもしれない。

しかし、はっきり言って、そんなものはない。
少なくとも、私の場合はなかった。すべて成り行きだった。偶然と偶然と、すこしばかりの「やってみるか」という気持ち。そんなものが重なって起業したのだった。20年前の私はね。

その結果、とんでもなく苦労した。
苦労の記憶しかない。20代〜30代の、いわば「青年」と呼ばれる時期において、周囲が結婚して家庭を築いている状況のなか「次はどうしよう? あれがこうなったら、次はそうしてみようか」と、寝る間も惜しんで、昼寝をして、常に仕事のことで頭をいっぱいにして「ああ、オレの選択は間違っていたのか? あまりにも失うものが多すぎるじゃないか!」と、悶絶しながら過ごすことになった。そうさ、有給もボーナスもないのだから、働かなければお金がなくなるのだから、いかに私のような人間でも真剣になるさ。

しかし、そう、しかし、これだけは強調しておきたい。
もしもまた、私が29歳の時に戻ったとしても、同じことを繰り返すような気がしている。起業するどうかは、その時と場合によるけれど、それでもとにかく「与えられた選択肢」の中から(その先に大変なことが待っているとしても)挑戦と変化が起こりそうな道を選んでしまうと思う。これはもう性分というか、性格なのだと思う。

人生は選択の連続で、ちいさいものから大きいものまで、様々な「それ」を繰り返して「今の私」ができている。選べるならば、じっくりと吟味して最良のものを手にとりたい。なにせ、人生は一度きりなのだ。それでも、もしかすると「本当に重要な決断」ほど、案外「なんとなく」とか「もう、これでいいや」と選んできたような気がする。少なくとも私の場合はそうだった。

それが正解かどうか、は、ずっと後にならなければわからない。後になってもわからないかもしれない。俯瞰で判断しなければ、人生なんてわからないよ、ほんとうに。そんなに簡単にわかったのなら、もうそれ以上は生きる意味なんてないのでは? だって、わかっているのだから。

もしも、29歳の時の私に、50代になった私がアドバイスするならば「大変だけど、たまにはいいこともあるかもよ。何度か体調を崩すから、それだけは気をつけな」くらいで、あとはぼんやりと見守ると思う。荒波を消す方法はないが、避けたり乗り越えたりする方法はあるかもしれない。そのくらいの気持ちで、大きく期待もせず、悲観もせず、ていねいに選択していけば、たぶん、きっと生きていける。少なくとも、自分は20年以上、こうやって生きてこられた。今、私はそんなことを考えています。

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