Hinohana

彼女は真っ暗な僕の心に彩りを与えた。彼女と出会い僕の心に花が咲いた。彼女と話しているだけで胸がむず痒くなる。隣を歩いているだけで優越に駆られる。「好き」というあっさりとした言葉で表現することが憚られるほど彼女は美しく、儚い。

そんな彼女と花火大会に来ている。苦手な花火大会。待ちに待った花火大会。彼女との最初で最後の花火大会。

一発目の花火が打ち上げられる。真っ暗な夜空に堂々と咲いた。赤と青のコントラスト。夏が始まった気がした。人々は花火に目もくれず屋台や会話に夢中になっている。僕たちは人気のない場所を見つけて座った。ただ、黙々と打ち上げられる花火を見つめていた。お互いの気持ちに思いを馳せながら、咲いては消えていく夜空を眺めていた。

中盤に差し掛かった。二発の花火が同時に打ち上げられる。真っ暗な夜空に堂々と咲いた。青と緑のコントラスト。意識の外で、僕は彼女に問いかけていた。

”死ぬのが、怖くない?”

”怖いよ”

”でも、終わりがあるから、美しく生きられるとも思うの。私、今、今までで一番綺麗じゃない?”

そう言って微笑んだ彼女は、この世で一番美しかった。

命に向き合うことで人は美しくなる。でも誰も向き合おうとしない。皮肉にも、人が最も美しくなれるのは、死が顔を出し、僕たちが彼らの存在に気づいたときだけだ。

最後の花火が上がろうとしている。大粒の涙が流れている。花火大会が終わってしまう。

必死に”やめてくれ”と泣き叫んでいる僕に、彼女は微笑みかけている。

”花火だって儚いから美しいの。確かにずっと咲いていて欲しいけれど、それじゃ夜空もお星様も困ってしまうでしょ?”

どうしてこの人は笑っていられるんだろう。夜空に弾けようとしているのに。

最後の最後まで足掻き苦しむのが人間だと思っていた。僕たちは求めすぎる。得られるものは限りなく少ないのに、何もかも欲しがってしまう。僕だってそうだ。どうしても彼女が欲しい。いつまでも一緒に花火を眺めていたい。ただそれだけなのに、それすらも世界は許してくれない。

花火が打ち上がる音が、夜空に鳴り響いた

弾けた

僕らだけの夜空に弾けた

真っ暗な夜空に堂々と咲いた

何種類もの赤のコントラスト

僕たちの夏が終わった

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