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プチ短編 第2話 ゴルフとパフェ

(天乃原智志)

 「佐藤さん、そろそろコースに出てみない?」
 ある日、職場の男性から声をかけられた。ゴルフの練習場に通い始めて三カ月近くたったときのことだ。
 ちょうど、ウッドでもアイアンでも思いどおりに打てるようになったところ。広い空の下で、かっ飛ばしたら楽しいかも知れない。
 でも。
 「うーん……」
 私はためらった。女子のゴルフ人口が増えたとはいえ、男子よりはずっと少ない(と聞いている)。どうせメンバーはおじさんとおじさん予備軍ばかりだ。そんな中に女一人で入るなんて……。
 しかし、相手は私の不安を予想していたらしい。
 「大丈夫、うちの奥さんも参加するから。よかったら女同士、ペアで回るといいよ。」
 奥さんはここでいっしょに働いていたリョーコさんだ。私たちは仲がよく、今でもやり取りしている。あの人といっしょなら──。
 「でも、鈴木さん。もう一つ気になることがあるんですけど。」
 「なんだい?」
 「お金賭けるんですか?」
 参加者全員がお金を賭けて一位の人が総取り、なんて話を耳にしたことがある。賭けゴルフなんて嫌だな。そう思って訊いたのだが、鈴木氏は洋画の登場人物みたいに「チッチッチ」と言いながら人差し指を振り、こう言った。
 「そういう人たちもいるらしいけど、ウチは少し違うんだなあ。」
 「少し?」
 「みんなでお金を出し合う。それが優勝した人に賞金として贈られる。その先があるんだ。賞金を贈られた人はその賞金でみんなにご馳走するんだよ。まあ、一位になった人が食事の手配をするようなもんだな。」
 「それって楽しいんですか?」
 「楽しいよ。勝ったら自分の好きな店を選べるし、『吾輩のおごりだ。皆の者、楽しむがよい』って気分になれるし。一位になれなくても『今日は何を食べさせてもらえるんだろう』って楽しみができるしね。」
 「ふーん。」
 なんだか興味が湧いてきた。
 「それに、このご馳走には鉄の掟があって、それが面白いんだ。」
 「何ですか、それは?」
 「入った店でいちばん高い品を注文する。これがルールだ。」
 そのとき私のスマホがブルブル震えた。画面を見るとリョーコさんからメッセージが届いている。
 ──ゴルフの話聞いた?
 ──会場の近くにおしゃれな店みつけたんだ。いっしょに優勝して、おいしいもの食べようよ!
 二週間後の土曜日、私はリョーコさんとともにゴルフコースを回っていた。今日の試合はペアの打数の合計で争うというルールだ。
 ゴルフは個人競技。コースを回り終わったときに、打数がもっとも少なかった一人だけが勝者となるのが普通だ。しかし、ほかの試合方法もあって、今回のようにペアで力を合わせて勝利をめざすという楽しみ方もあるのだ。
 「それで、どんなお店をみつけたんですか?」
 2番ホールをあがってから私が訊くと、リョーコさんはパソコンで印刷した店の記事を取り出した。
 「ここよ。きれいだしスイーツもおいしいし、キョーちゃんも気に入るわよ。」
 ん? 「おいしそう」ではなく、「おいしい」と言ったよね、今。ということはネットで写真を見ただけじゃない。実際に行って食べて確認済みということだ。やる気出て来た!
 3番ホールの第一打。私は3番ウッド手にして構えた。ゴルフでは「チャーシューメン」のリズムで球を打つのが基本だ。
 「チャー」球を見て集中力を高める。
 「シュー」体を右にひねりバックスイング。
 「メーン!」体を左にひねり、珠を打つ!
 白いゴルフボールは青空の中をまっすぐ飛び緑の芝生に乗った。
 「キョーちゃんの球は狙った方向にすなおに飛んでいくわね。ハンディキャップももらっているし、優勝の可能性は十分よ。」
 とはいえ、優勝めざして張り切っているのは私たちだけじゃなかった。
 「う、な、重!」
 木立の向こうから男の人の声と球を打つ音が聞こえて来る。チャーシューメンの代わりにうな重とは、この御仁、よほどうな重を食べたいらしい。
 つづいて別の方角から別の言葉が聞こえて来た。
 「すき焼きっ!!」
 もはやスイングのリズムなど関係ない。声の主は若手の男性。ただただ好物を目当てに頑張っているらしい。私とリョーコさんは顔を見合わせると吹き出してしまった。
 「よし、私も」。
 5番アイアンを取り出しアドレスに入ろうとすると、リョーコさんが訊いてきた。
 「キョーちゃんは何て言うの?」
 「ん~、プリンアラモードにしよっかな。」
 「それじゃあリズムが悪いわね。基本の〝チャーシューメン〟にしなよ。じゃないと、優勝とスイーツを逃すことになるわよ。」
 リョーコさんは運動神経抜群、古武術もやっている人だ。私はアドバイスにすなおにしたがい、プレーをつづけた。

 私たちは見事に優勝した。2位のペアに11打差をつけての勝利だ。見事といっても大袈裟じゃないだろう。
 「佐藤さん、こんなに出来るんだったらハンディキャップいらなかったんじゃないの?」
 うな重のおじさんはぼやいたが、くやしそうではなかった。順位以上の関心事があったからだ。
 「それで、お嬢様方。今日はどちらへ連れて行ってくださるのでしょうか。」
 うな重さんが言うと皆が私たちを見た。若い女性が優勝したのが初めてだったので、このあとどこへ行くのか興味津々だったのだ。
 リョーコさんは会心の笑みを浮かべてこう言った。
 「とてもステキなお店です。みなさんが行く機会はなかなかないでしょう。きょうは貴重な経験になると思いますよ。」
 ゴルフ場から車で移動すること15分。リョーコさんが案内したのは若い女性向けのカフェだった。
 「なるほど。俺たちがこんな店に入る機会はなかなかないな。」
 席に着きながら皆が口々に言った。
 店は外から見ても中を見てもかわいくオシャレだ。男性だけで入るのはきっと勇気がいるだろう。
 「それでマダム、何をいただけるのでしょうか。」
 夫の鈴木氏が言うとリョーコさんは私にメニューを渡した。私は立ち上がるとメニューを広げ、みんなに写真を見せながら発表した。
 「本日みなさまに召しあがっていただくのは、こちらのスペシャル・スイート・ストロベリー・ジャンボパフェです!」
 「え、スペシャル何だって?」
 「これを俺たちが食うの?」
 そこへ店員さんたちが四人がかりで(笑いをこらえながら)大きな大きなパフェを人数分運んできた。
 パフェが配られたところでリューコさんが朗らかに言った。
 「この店でいちばん高いのが、こちらのパフェです。さあ、みなさん。思う存分味わってください。」
 かくして、男どもがそろってパフェに食らいつくという、世にも珍しい光景が出現したのであった。
 その時のことは写真よりも鮮明に憶えている。笑いながら生クリームを口に運んでいる人もいれば、額に手をあてて何か言ってる人もいた。うな重さんは「うまい、うまい」と言いながら食べつづけていたっけ。リョーコさんが水を持ってきた女性店員と楽しく喋っていたことも憶えている。
 私の中の楽しい思い出である。
(おわり)

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