『空襲の記憶』⑥

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九月上旬。二学期が始まって間もないある日。

中学校の職員室の前。M69の赤錆びた抜け殻がガラスケースに収められて展示されている。抜け殻の前にはごく簡単な説明文(「名古屋市〇〇町に投下された焼夷弾です。名古屋空襲では多くの人が犠牲になりました。」、など)。

展示物を見て生徒たちがワイワイ言っている。通りかかった智史がそれを横目で見る。よし恵先生の想いが伝わっていないと感じている。クラスメートの男子が智史に話しかける。

クラスメートA
     「これ、安原たちがもらったんだろ。すごいじゃん。」
クラスメートB
     「こいつが落ちて来たとき、どうだったって?」
智史   思わず声が大きくなり「面白がっていい話じゃないぞ。目の前に
     落ちてきて命が危なかったんだから!」
クラスメートA
     「そ、そうか。」
クラスメートB
     「そうだな。」

平成18年(2006年)、夏。

安原智史 「僕らも初めて見たときは彼らと同じだったけどね。しかし、
     よし恵先生の話を聞いてからは、そんな気分になれなかった。
     秋になって僕らの自由研究は賞を取った。しかし、ぼくらは
     うれしくなかった。」

昭和51年(1976年)、九月下旬。

市役所の一室。夏休みの自由研究の表彰式が行われていて、何組かが表彰されている。智史たちのグループが表彰されるところ。ほかのグループはニコニコ顔だが、智史たち四人は違う。

    「どうしたの、みんな。うれしくないの?」
美奈   「だって。ねえ。」
町子   「私たちの自由研究は」
智史   「内田先生のつらい思い出をまとめたものなのに」
吉人   「賞なんてもらって、いいのかなあって。」
    「そっか……。」
  南、少し考えてから、
    「そのつらさが、ほかの人にも伝わるところが良かったのよ。」

平成18年(2006年)、夏。

安原愛  「それで伯父さんは、このとき聞いたことをいろんな人に伝え
     ようと思って映画にしたんだ。」
安原智史 「う~ん、ちょっと違うな。伝えたいのは、その後の話
     なんだ。」
安原愛  「え?」
安原智史 「この話にはつづきがあるんだよ。」

  昭和51年(1976年)の九月から季節が巡る──文化祭、木枯らしの
  中の登校、桜の季節、進級etc.
  そして翌昭和52年(1977年)夏。一学期の終わり頃。
  職員室の南のところに智史が来る。

智史   「失礼しま~す。おっ。」
  先に、町子、美奈、吉人が来ている。

    「これでそろった。みんな、内田よし恵先生のこと憶えている
     わね。去年、自由研究で話を聞きに行った──」
四人   「はい。」
    「内田先生、入院なさったの。それで、今のうちに話しておきた
     いことがあるから、来てほしいんだって。」
  四人の顔に影が差す。

  数日後、よし恵の病室(個室)。
  ベッドによし恵。近くにかず恵と、もう一人女性がいる。
  校長と南、そして智史たち4人がやって来る。校長はラジカセを持って
  いる。
    「こんにちは。」
かず恵  よし恵に「母さん、中学校のみなさんが来てくれたわよ。」
よし恵  「みなさん、よく来てくれました。どうぞ、掛けてください」
町子   「あれ? おかあさん。」
  もう一人の女性は町子の母だった。
美奈   (あれが町子のおかあさん)
  美奈、智史、吉人が口々に挨拶する。
智史   (伊佐治さんと似てるな)
吉人   (でも、どうしてここにいるんだ?)
よし恵  「今日来てもらったのはね、喋れるうちに空襲の話をしておこう
     と思ったからなの。」
かず恵  「喋れるうちにって、大袈裟よ、かあさん。」
よし恵  「これからどうなるかわからないから、今のうちに話しておきた
     いの。南先生、準備お願いね。」
    「はい。」
  南が録音の準備を始める。
  場を持たせる感じで、よし恵が校長に語り掛ける。
よし恵  「校長先生は戦時中、どちらにいらしたんですか?」
校長   「学徒動員で防空隊にいました。終戦の年には一宮(いちのみや)
     が燃えるのを、この近くから見ていましたよ。」
生徒たち・南・かず恵
     「ええっ!」

  平成18年(2006年)、夏。
安原愛   「ええっ!」
内田かず恵 「やっぱり知らなかったんだ。」
安原智史  「みんな知らないようだけど、空襲を受けたのは大都市だけ
      じゃない。終戦の年には日本のあちこちが空襲を受けたんだ
      よ。」
安原愛   「……」
安原智史  「録音の準備ができると、よし恵先生は軍需工場で空襲に遭っ
      た話をされた。」


翌昭和52年(1977年)夏。
    ラジカセの内臓マイクに向かって、「あーあー、テストテスト。
     録音の準備できました。」
よし恵  「南先生、ありがとう。では、スイッチを入れてください。」
  南がラジカセのスイッチを入れる。
  よし恵、咳ばらいをして話始める。
よし恵  「昭和五十二年七月二十六日土曜日。今日はみなさんに空襲の話
     をします。
     忌まわしい、口にするのも嫌な記憶ですが、伝えなければならな
     いことでもあります。
     結婚するまで私は名古屋に住んでいました。昭和十九年の春、
     両親は私を高等女学校に入れてくれました。そして、その年の秋
     ──」

  昭和十九年、九月。よし恵は十二歳。
  高等女学校の教室。
よし恵  「いよいよ、学徒勤労動員か。京子ちゃん、町子ちゃん、頑張ろ
     うね!」
京子   「ここの生徒は、みんな同じ工場へ行くんだよね」
町子   (授業がどんどん少なくなっていって、とうとう勤労動員。これ
     から一体、どうなるんだろう)
よし恵  「町子ちゃん、どうしたの?」
町子   「なんでもない。みんなでがんばろ。」

  よし恵の家。茶の間でよし恵が弟の遊び相手をしている。
  座敷で両親がなにか話しているのが聞こえてくる。
    「カズヨシが予科練に行った上に、今度はあの子をあんなところ
     に通わせるなんて。」
    「お国が決めたことだ。なんともならん。」
    「あの工場、海軍の兵器をつくっているんでしょ。いつか敵に
     ──」
よし恵  (何を話しているんだろ?)
  よし恵が座敷をのぞき、父と目が合う。
    「よし恵か。そんなところにいないで、中に入りなさい。」
    よし恵の両肩を抱いて「よっちゃん、明日からは気をつけて働く
     のよ。」
よし恵  「はい、いっしょうけんめい働きます!」
  このとき、よし恵は母が何を心配しているのかわかっていない。

  これよりしばらくサイレント。

  女学生たちの様子。
  路面電車に乗って出勤。
  門を通って大きな工場に入る。工場には大きな建屋がいくつもある(学
  生たちは聞かされていないが、この工場で魚雷をつくっている)。

  よし恵の仕事は、製作された部品の寸法の検査。ミスをしないか緊張
  して取り組んでいる。

  昼休み。少し離れた建屋にある食堂でクラスメートとともに昼食をと
  る。出されるのはお粥や雑炊。芋や野菜はわずかしか入っていない。
  当然のことながら、育ち盛りの少女たちにとってはうれしくない。

  同年十二月。
  路面電車が工場の前に止まり、男女の学生たちが降りて来る。
  よし恵たちクラスメート5人ほどが待っているところへ京子が降りて
  来て、たがいに挨拶。一同歩き出す。
  歩きながら(『あゝ紅の血は燃ゆる』を)歌い、つづいて噂話。同じ
  名古屋市内の他の工場が爆撃されたことを話す。
  前を歩く上級生たちの恋バナが聞こえてくる。上級生たち、声をひそめ
  てキャッキャと話している。よし恵たち、少しだけ笑顔になる。

  昭和二十年。
  工場で働く生活がつづいている。
  食堂で皆が昼食をとっている。京子がぼそりと言う。
京子   「いつまでつづくのかな……」

  名古屋の街が(何度も)空襲に遭う。空襲警報とB29の編隊。

  三たび、朝の出勤シーン。
クラスメートA 「今度は〇〇町だって。」
クラスメートB 「〇〇ちゃんの家が焼かれたそうよ」

  工場。空襲警報。
男性A  「ちっ、またか。」
  工場の人たち、それぞれ最寄りの防空壕に駆け込む。
  よし恵も防空壕に駆け込み、息をひそめる。
男性A  「こっちじゃないな。」
女性A  「今度はどこだろうねえ。」

  ついに、よし恵たちの学校が戦火に遭う。
  よし恵たち、校門で立ち尽くす。
よし恵  「燃えちゃった。校舎も体育館も。」

  六月の朝。
  よし恵たち女子生徒が工場敷地内の道路を歩いて出勤中。
  男性Aと挨拶を交わす。
  女子生徒たち、分かれてそれぞれの持ち場へ向かう。
  よし恵、京子、町子も分かれようとしているところへB29の音が遠く
  から近づいてくる。
  空襲警報が出ないので誰も米軍機だと思っていない。
  町子が編隊を指差し、三人、B29の編隊を見上げる。近くにいた
  男性Bも空を見る。

  B29の弾倉の扉が開き、爆弾が落ちて来る。
  三人、爆弾が落ちて来るのを見て悲鳴をあげ、それぞれに駆けだす。
  このとき使われたのは焼夷弾ではなく、コンクリートの建物を破壊する
  ための爆弾。

  どこかに一発目が落ち、爆風がよし恵を後ろから突き飛ばし、よし恵が
  転倒する。よし恵は気づいていないが、近くで男性Bが息絶えている。
  つづいて二発目、三発目……。
  埃が立ち込める中、よし恵が立ち上がり、最寄りの防空壕へ向かって
  駆けだす。
  しかし、その防空壕を爆弾が直撃する。大量の土が舞い上がり、よし恵
  の体に降りかかる。

  上空では2機目3機目が爆弾を投下している。

  よし恵、工場敷地の中央道路へ向かって駆けだす。
  中央道路へ出る直前で再び爆風に煽られて転倒。立ち上がって二三歩
  進んだが、中央道路の惨状が目に飛び込む。中央道路はすでに血まみれ
  の死体でいっぱい。死体と死体の間は血で赤く、路面は見えないありさ
  ま。
  よし恵、その場にへたり込む。

  突然、誰かが よし恵の手首をつかむ。それは先の男性A。
  男性Aが(「走るんだ!」と)叫ぶ。
  よし恵、立ち上がり、男性Aに手を引かれて中央通路を駆ける。
  死体だらけで足の踏み場がないので、たくさんの死体を踏みつけて。
  血の海に足を踏み込み、靴も靴下も赤く染めて。

  その間も爆弾の雨が降り注ぐ。コンクリート製の建物が崩れ、爆風で
  人が吹き飛ばされ、爆弾の破片で人の体が切られる。

  二人は工場の門から外へ飛び出し、運河沿いの道を走る。橋を渡り、
  対岸へたどり着いてから足を止める。
  二人が息を切らせながら振り返ると、工場から煙が上がり粉塵がたち
  こめている。二人の衣服は血まみれ埃まみれ。

  そこへ京子が現れる。
  よし恵と京子、抱き合って泣く。
  男性Aがよし恵と京子のやさしく肩を叩き、二人は自宅へ向かって歩き
  出す。かたく手をつないで。
  途中、女性が二人に声をかけ、水を飲ませてくれる。

  やがて、よし恵、自宅にたどり着く。格子戸をあけて中に入ると、玄関
  から両親が飛び出してくる。
    「よし恵、無事だったか、よし恵!」
    「怖かっただろ。よう帰って来た、よう帰って来た」
  両親がよし恵を抱きしめる。
(つづく)


 作中、中学生たちが焼夷弾の抜け殻を初めて見てワイワイ騒いでいますが、焼夷弾の抜け殻はさほど珍しい物ではないようです。あちらこちらで見つかっていて、いろいろな施設で展示されていますす。
 ある人は小学生のとき学校のグラウンドで遊んでいて見つけたことがあると言っていました。本人たちは「なんだこりゃ?」と言っていたけど先生方は大慌てだったとか。
 終戦から何十年も経った今でもあちこちで爆弾が見つかっています。

2024年8月21日追記
 前回と同じく、内田よし恵による体験談は、以前読んだ空襲体験談をもとにしています。この部分に絵空事を書くわけにはいかないと考えたからです。
 もちろん、体験談をそのまま使ったわけではありません。筋をひねったり、装飾したり、簡略化したりしてあります。しかし、爆弾の雨の中、血の海を駆け抜け命からがら工場から逃げ出したことは、文章こそちがえ大筋そのままです。ですから、この『空襲の記憶』を有料にするつもりはありません。

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