空襲の記憶④

(天乃原智志)

[3]

  平成18年(2006年)、夏。

安原愛  (突然大声をあげるなんて、よほど恐ろし目にあったんだ。
     そんな話、初めて……)
     ここでハッと気づく。
     (! ちがう──私に体験談を語ってくれたのは、「今のうちに
     話しておきたい」と申し出てくれた人ばかりだ。この時代は
     まだ、思い出したくない、話したくないという人が多かったん
     だ。)

  昭和51年(1976年)。
  夏休み中の登校日。生徒たちが赤い欄干の太鼓橋を渡り中学校へ
  やって来る。校舎の中で挨拶を交わしたり、「試合どうだったー?」
 「宿題進んでる?」などの会話。

  智史が憂鬱な顔で教室にやってくる。
智史  (こないだのこと、南先生になんて言おう。もしかしたら、もう
    連絡がいってるかな? いきなり叱られるかも。)

  智史、自分の席にやってくる。ほかの三人はすでに自分の席に座って
  いる(四人の席は教室の左前にかたまっている。窓側のいちばん前が
  町子、その後ろに美奈。町子の隣が智史、そのうしろに吉人)。

町子   「……おはよう」
智史   「おはよう……」

  チャイムがなり、ホームルームが始まる。
  起立、礼、着席。

   「始めに連絡がいくつかあります。」いくつか伝達してから、
    「それから、安原君たちのグループに届け物が来ています。
    あとから四人で取りに来てちょうだい。」
智史・町子 顔を見合わせて「?」

  後刻、校長室。
  校長、来客用のソファに座って、客の相手をしている。
  校長と客の間にはテーブル。その上に白い布に包まれた、細長い何か
  がある。
  近くに四人分のパイプ椅子。
  南が、安原たち四人を連れて来る。
   「校長先生、安原君たちが来ました」
校長  「ああ、みんな入りなさい。」
  客が立ち上がって四人を見る。
智史  「あっ。」
校長  「四人とも前にお会いしているね。内田よし恵先生の娘さん、
    内田かず恵さんだ。」
かず恵 「ええと、鷲見吉人くんに安原智史くん、伊佐治町子さんに
     大森美奈さんだったわね。こんにちは。」
生徒四人 「こんにちは。」
かず恵  「この間はうちの母が大声を出したりしてごめんなさい。
     今日は母に頼まれて届け物を持って来ました。」
  かず恵、テーブルの上の何かを手にする。
かず恵 「これよ。」
  かず恵が何かを白い布ごと差し出し、智史が両手で受け取る。
  町子が白い布を開くと、赤錆びた六角柱の金属の筒が現れる。
智史  「何ですか、これ?」
かず恵 「焼夷弾よ。空襲でアメリカの飛行機から地上に降って来た、
    M69焼夷弾。本物よ。」
生徒四人 「ええっ!」
吉人   「意外に小さいし細長いな。」
智史   「ああ。それより、これ、爆発しないんですか?」
  途端にほかの三人が悲鳴を上げながら素晴らしい速さで動く。
  吉人は校長のソファの後ろへすっ飛んでいく。
  美奈はかず恵の後ろに隠れ、かず恵の肩にしがみつく。
  町子は泣きそうな顔で、智史の手の上から焼夷弾を取り上げ窓へ駆け
  寄り、投げ捨てようとする。
  南が町子の手首をつかむ。
   凛とした声で「落ち着きなさい。これはもう安全よ。」
かず恵 「そのとおり。爆発なんてしないわ。中身が空だもの。」

  2、3分後。
  四人、パイプ椅子に座っている。
校長  「みんな、空襲の恐ろしさが少しはわかったね。でも、実際はこん
    なものじゃなかったんだ。なんせ、本当に爆発したり火を吹いたり
    したんだからね。何千発も何万発も。
    このM69という焼夷弾は中に火薬と油が入っている。もとい、
    入っていた。そして──」

  M69が使用された様子の描写──
  戦時中。空襲警報が鳴り響く街。人々が防空壕に駆け込み息をひそめ
  る。爆撃機の編隊が街の上空に差し掛かる。
  M69焼夷弾を何十本か束ねたE46集束焼夷弾が多数、爆撃機から
  投下される。落ちてゆく途中でバラバラになり、M69があちこちに
  散らばってゆく。
  M69の尾部には細長い布の“尾”がついていて、“尾”を上に“頭”を下に
  して落下する。たくさんのM69があちこちで屋根を突き破ったり地面
  に突き刺さったり。
  そのうちの1本の描写。建物の屋根を突き破り、床に突き刺さり、尾部
  から火のついた油が飛び散って火事をおこす。

かず恵 「母が通っていた女学校にも何度か落ちて来たそうです。これは、
    その内のひとつなの。みんな、手にとってみて」
  四人、M69の抜け殻を順番に持ってみる。
かず恵  「目の前に落ちて来たこともあったそうよ。でも、もっとも恐ろ
     しい体験は別にあるんですって。」
美奈  「いちばん怖かったのは空襲じゃなかったんですか?」
かず恵 「いいえ、空襲よ。」
町子  「じゃあ、もっとひどい空襲に遭ったんですか?」
かず恵 「クラスメートと工場で働いているときにね。そのときの様子は
    とても口にできないし聞く方も耳を塞ぎたくなるだろうから話さ
    ないって。でも、それ以外のことならお話しできるから、聞きたく
    なったらまたどうぞって。
    もうひとつ。この焼夷弾の抜け殻は、みなさんが戦争について考え
    てくれた記念に差し上げます、とのことです。」

  職員・来客用の玄関。かず恵が帰るのを四人と担任の南が見送る。
  校長室。
   「さて、この焼夷弾どうしましょうか。四つに分ける?」
  焼夷弾の抜け殻をどうするか、校長、南、生徒四人の六名で話し合う。
  智史が四等分する仕草、ほかの生徒3人が首を横に振ったり手を振った
  りして、それはナイの仕草。
校長  「では、君たちが卒業するまで学校で預かることにします。」

(つづく)

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